入口のドアが開く瞬間、騒がしい「音」が迎えてくる。1階より少し低い展示空間(Lower Gallery)で目にするのは、7枚ずつ2列に並べられた14枚の白いパネルだけだ。それらは天井と床面をつなぐ垂直の針金に平凡なダブルクリップ4つで固定されている。白紙2枚の間に黒い紙1枚を挟んだかのように極めて薄いパネルは、フィンランドのパンフォニックス社の開発した超指向性スピーカー。そこから聞こえてくるのは、延々と続く「金曜日、月曜日、水曜日…」という、老若男女7人の「声」である。
2列の間に立つと、左右のパネルから一人の声がはっきり浮かび上がる。それはまるで英会話練習のように聞こえるほど機械的であるが、7つの曜日が人によって異なる意味を持っていることを考えると、順番やテンポが妙に気になる。聞こえてくるのは、音ではなく声、しかも時間を意味する言葉なのである。観客の移動や位置によって時々刻々変化していくこの空間の中には、単調な日々が、数週、数ヶ月、数年…になって、観客の時間とともに流れている。
ブルス・ナウマン氏(Bruce Nauman)のこの作品「Days」は、ナウマン氏が展示を担当した2009年、第53回ヴェニス・ビエンナーレのアメリカ館「トポロジカル・ガーデン」(金獅子賞受賞)の一部として発表されて以来、ニューヨーク近代美術館で所蔵され、翌年に独立したサウンド彫刻作品として公開されたことがあるが、イギリスでは、2012年6月19日から 9月16日まで開催されているICA(The Institute of Contemporary Arts)での展示が初めてである。ところが、ICAでのナウマン氏の展示の魅力は、この事実よりもむしろその関連企画にあると言える。
同時開催中の「SOUNDWORKS」は、世界から100人のアーティストがナウマン氏の「Days」から霊感を受けて創り、オーディオファイル形式で提出した100本の作品。タナカ・アタウ氏を始めとする日本人の作家数人も参加しているこのプロジェクトは、ICAの会場とオンラインで同時公開されている。サウンドアートをめぐる多彩な関連プログラムは目を引くものの、1台のiPadとスピーカーがあるだけであまり優れた環境とは言えない会場よりは、自宅でゆっくり観賞することが望ましい。
ブルス・ナウマン「Days」
http://www.ica.org.uk/33310/Exhibitions/Bruce-Nauman-Days.html