安野太郎氏のゾンビ音楽「デュエット・オブ・ザ・リビングデッド」の公演が、2012年11月24日(土)清澄白河のSNACで行われた。

「ゾンビ音楽」は、リコーダーにエア・コンプレッサーで空気を送ることで音を発し、コンピュータ制御された指の機構によって演奏される。それは、すなわち音楽機械によって演奏される自動演奏音楽である。そこにはいわゆる意味での楽器の演奏者は存在しないが、作曲者である安野氏が公演中コンピュータを操作し、「映画」を楽曲と交互に上映し、エア・コンプレッサーから空気が正しく送り込まれているかどうかを調整するなどのオペレーターの役割を担う。

この「デュエット・オブ・ザ・リビングデッド」は、棺のような桐の箱に収められたソプラノとアルトの二本のリコーダーが、題名にあるとおりデュエットを行うものである。木村悟之氏によって監督された映画「ゾンビ音楽 the ムービー」の上映と交互に、物語の進行とともにそれぞれの楽章が演奏される構成となっている。「ゾンビ音楽」という架空の音楽様式を架空の物語において存在させることで、その音楽の由来をフィクションとして物語るという方法は、三輪眞弘氏による「逆シミュレーション音楽」を思い出させる。しかし、それを実際に生身の身体で演奏する「逆シミュレーション音楽」とは異なり、「ゾンビ音楽」は機械によって演奏される。

音楽機械による音楽である「ゾンビ音楽」は、安野氏による公演パンフレットのテキストによれば、「一見(一聴)すると笛を吹くロボットによる自動演奏の音楽に見え(聴こえ)る」ものであるが、それはロボットではなく「ゾンビ」であるとする。ロボットは人間の動作を模倣するものであり、それによって演奏されるリコーダーはドレミの音階が奏でられるものであると定義されるならば、安野氏の製作したロボットはそのどちらでもない、というのがその理由である。それゆえ、この機械と音楽をどう呼ぶべきか思案したあげく、それは「ゾンビ」と呼ばれることになったという。たしかに、この「ゾンビ音楽」はエア・コンプレッサーが一定量の空気を間断なくリコーダーに送り続けることで、循環呼吸のように息継ぎのない演奏を行なう。ソレノイドによってせわしなく動く安野の指をかたどったシリコン製の指は、トーンホールをおさえる際にカタカタとリコーダー本体を叩く音がポリリズミックに不気味に響く。指が確実にトーンホールをおさえることができないために、空気がもれ不安定な音程を響かせる。また、演奏の始まる前には、エア・コンプレッサーが空気圧を高めるための機械音がうるさく鳴り響く。

それは、トーンホールの開閉、すなわちオンとオフによって演奏される、デジタル制御の音楽でありながら、実際の楽器をとおして演奏され、どこかプリミティヴで儀式的な、そしてオカルティックな響きを持ったものとして実現していた。それが「ゾンビ音楽」の由来やそれが依拠するフィクションと相まって、非常に興味深く魅力的なものとなっていた。

機械に音楽を演奏させる、というアイデアは複製技術時代の到来によって録音再生装置に代用されるようになっていったが、それでも自動音楽機械のアイデアは廃れることはなかった。米国/メキシコの作曲家故コンロン・ナンカロウ氏は人間には演奏不可能なリズム構造を持った、自動ピアノのための多くの作品を残した。それは米国の作曲家故フランク・ザッパ氏が、自分の音楽を完全に演奏できる演奏家がいないので、機械に演奏させる、として当時のデジタル・シンセサイザーの最高峰であった、ミュージック・ワークステーション、シンクラヴィアを使ってアルバム『Jazz from Hell』を制作したように、人間の演奏を想定しない音楽を想像させるものである。

英国の音楽家/批評家デイヴィッド・トゥープ氏は、自身の論文「人間は本当に必要か(Humans, are they really necessary?)」*において、人間の身体機能を拡張するものというテクノロジー観に対して、人間自体を必要としなくなった、人間の手を離れて機械がそれ自体で自立し、人間に取って代わろうとするものである、というヴィジョンを怪奇小説やディストピアSFなどを援用してイマジネーションを広げて論じている。トゥープ氏は、音楽とテクノロジーの関係について、そうした人間不在のヴィジョンをさまざまに提示しながら、機械による音楽と、その帰着点としてのサウンドアートを描いている。

米国の作曲家アルヴィン・ルシエ氏はサウンドアートの主要なコンセプトのひとつとして「演奏者がいなくても音楽が演奏され続ける」ということを挙げている。それは、たとえば、演奏者がいなくなっても音楽だけが演奏され続けているという、どこか終末感のある光景を想像させないだろうか。

*「Ambient Research vol.1.1」に金子智太郎氏に要約が収められている

畠中 実

(撮影:木村悟之)

安野太郎氏のゾンビ音楽「デュエット・オブ・ザ・リビングデッド」の公演
http://snac.in/?p=2462