大学の先生はしばしば研究成果を元に本を書いて学生に買わせる。一般のニーズを無視しているので、誰も読まない本ができあがる。買わされる学生にとっては良い迷惑だ。しかし、目の前に顧客がいるということは、そのニーズを的確にくみ取った良書ができあがる可能性もある。本書『ゲームはこうしてできている クリエイターの仕事と企画術』は、その数少ない成功例といっていいだろう。
学生「大手ゲーム会社は全部受けるつもりです」
著者「それ以外は?」
学生「それ以外にもゲーム会社ってあるんですか?」(本文より抜粋)
こんなコントのような会話が、実際に聞かれるのが日本の大学や専門学校の実態なのである。こうした中、ゲーム業界志望の学生に対して「とりあえず、これだけ読んでおけ」と渡せる数少ない書籍が本書だ。著者は元ナムコで野球ゲーム「ファミスタ」シリーズなどのヒット作を手がけ、現在は東京工科大学で准教授を務める岸本好弘氏。産業界と教育界の視点が良い具合にブレンドされている。読んでいて、授業風景が目に浮かぶようだ。
内容は「概論編」「進行編」「現場編」「企画編」の4章構造だ。ゲーム業界の現状から、プロデューサーやディレクターの仕事紹介を兼ねたゲーム開発の工程、先輩クリエイターの仕事ぶり、そしてゲームの企画術まで、最低限知っていてほしい知識がわかりやすく解説されている。特に「進行編」で例に挙げられている架空のゲーム「もののふ日本一」の予算組みや開発工程は妙に生々しく、学生ならずとも一見の価値があるだろう。
また「企画編」で紹介されている「ペラ企画の作り方」も実践的でわかりやすい。「ペラ企画」とはA4の用紙一枚でゲームのアイディアをまとめたもので、ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC」の人気企画。近年では学生の腕試しの場としても認知が進んでいる。著者はこの「ペラ企画」の作成を授業に組み込んでおり、そのポイントが紹介されている。モバイルアプリでは開発チーム全員で企画に参加する例も少なくない。本書を片手に社内研修やワークショップに取り組んでみるのもオススメだ。
すぐに役に立つ知識はすぐに陳腐化し、長く役に立つ知識はすぐに役に立たない。学生の就職だけを考えればツールやゲームエンジンを習熟させるのが早いが、この業界では5年程度で必要な技術が入れ替わり、10年もすればビジネスモデルが変化する。10年前にはLINEも「パズル&ドラゴンズ」もなかったことを考えれば、10年後にどんなゲームが主流になるか、誰も正解は持ち得ないだろう。こうした中でいかに優れた人材を輩出するか、そして採用するかが、教育者と人事担当者の共通の悩みとなっている。
この問いに対して本書は、「ゲームの企画術」という「長く役に立つ知識」に内容を絞るという挑戦に出た。「『ゲームは永遠に不滅です。』ただし、その形はテクノロジーの進化と共に変わっていきます」という筆者の、「10年後にゲーム業界の中核となる人材の育成」(共に後書きより)に必要な知見を共有してみてほしい。
『ゲームはこうしてできている クリエイターの仕事と企画術』
著者:岸本好弘
出版社:SBクリエイティブ
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