ゲーム業界は特殊すぎて、成功要因などを一般化することが難しく、「マリオだから」「ポケモンだから」で片付けられがち...。日本に限らず、こうした風潮は根強い。しかし『ジョナサン・アイブ――偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー』を読むと、アップルとゲーム業界の共通項が見えてくる。ポイントは「デザインの重要性」だ。

アイブ氏は1967年生まれのイギリス人で、学生時代に工業デザインを学び、デザイン会社を経て1992年にアップルに入社。半透明の筐体で一世を風靡した初代iMacをはじめ、MacBook、iPod、iPhone、iPadなど、数々のアップル製品の開発に携わってきた。

また近年では、アルミの塊から筐体を削り出す製造プロセスなど、ユニボディの推進者としても知られている。故スティーブ・ジョブズ氏の右腕として活躍し、現在はインダストリアルデザイングループ担当上級副社長として、製品開発を牽引する人物だ。本書はそんな「アップルの至宝」ともいえる人物の、初の評伝である。

本書はまた90年代前半まで超優良企業として知られながら、Windows95の登場で凋落を続けたアップル・コンピュータ(現アップル)が、奇跡のように復活を遂げる内情を「デザイン」という視点で切り取ったドキュメントでもある。

よく知られているように、ジョブズ氏は復帰後、選択と集中(製品開発をデスクトップとラップトップ、プロ用と一般用の4領域に絞り込んだ)によって社内をリストラすると共に、エンジニアリング主導からデザイナー主導へと社風を刷新させ、業績を回復させた。しかし、それもアイブ氏をはじめとした、社内のデザイン部門「IDg」あってのことだった。

本書ではそうしたアイブ氏のデザイン哲学や、iPod、iPhoneなどの開発プロセスの紹介を通して、アップルのデザイン手法も詳細に説明されている。

中でも「ジョニーの究極の目標は、デザインを消すことだ。ユーザーがデザインを意識しないこと、それがジョニーにとって一番嬉しい」という言葉には、膝を打つゲーム開発者も多いのではないだろうか。ゲーム開発者にとっての一番の目標は、ユーザーにゲームを楽しんでもらうこと。すなわち「楽しさ」をデザインすることで、ハードウェアもソフトウェアもその手段にすぎないからだ。

もっとも、そのためには経営者の強力なリーダーシップも必要となる。ジョブズ氏が復帰するまで、アイブ氏の才能も社内で埋もれていた。頭角を現すきっかけとなった20周年記念マック「スパルタカス」も紆余曲折を経たあげく失敗作となった。優れたデザイナーを生かすも殺すも経営者次第というわけだ。両者の組み合わせは、任天堂を世界的企業に引き上げた故・山内溥社長と、「マリオの父」として知られる宮本茂氏の組み合わせも彷彿とさせる。

余談ながらゲーム業界には古くからのアップルファンが多い。任天堂社長の岩田聡氏もその一人だ。直接伺ったことはないが、おそらくアップル(そして故ジョブズ氏)が「デザインの重要性」を感覚的につかんでいたからだろう。日本のゲーム開発者は昔も今も自分たちのスキルや経験を言語化することが苦手だ。そのためマッキントッシュやジョブズ氏の言説から、様々な刺激を得ていたのではないかと思われる。

一方で近年ではデザインの重要性が、「UXデザイン」などというキーワードと共に、広くIT業界や製造業などでも認識されるようになってきた。つまりゲームとゲームでないものが、「デザイン」というキーワードでようやく、互いに対話できる環境が生まれてきたのだ。もっとも、そうした会話を円滑に行うには共通言語が必要だ。そうした言語感覚を養うためにも、一読をお勧めしたい。

『ジョナサン・アイブ――偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー』
著:リーアンダー・ケイニ―、訳:関美和
出版社:日経BP
出版社サイト
http://ec.nikkeibp.co.jp/item/books/P50700.html