海外における日本アニメーションの研究者の状況について、アニメーション研究者のキム・ジュニアン氏による第二回のレポートをお届けします。
リッテンさんの最近の論考が掲載されているジャーナル
2012年から筆者は、東京を拠点に、日本アニメーション学会(JSAS)の編集委員長を務めているが、海外から日本アニメーションの研究関連で問い合わせや連絡が学会宛てに届いたりすると、それらに対応する機会がある。面白いのは、それがきっかけとなり、次のさらなる協力や研究ネットワークにつながったりするということだ。特に、ドイツのフレデリック・S・リッテンさんから送られてきた突然のメールは今でも記憶に新しい。日本アニメーション学会の機関誌『アニメーション研究』のバックナンバーに関する問い合わせで、既にドイツ国内の図書館をはじめ、ベルリンにある日本関係のセンターに連絡を取り調べてみたところ、所蔵先が見つからなかったとの話だった。
日本アニメーション史の謎に迫る
ドイツの「歯科医の日」に小幡英之助とその関連マンガに関する講演中のリッテンさん(Copyright for the picture Rainer Tewes)
リッテンさんの問い合わせにどうにか対応し、およそ3週間が過ぎた2013年1月初頭、再び彼からメールが届いた。その内容とは、日本で初めて上映された(外国)アニメーションの有力な候補として知られてきた『ニッパールの変形』の詳細を明らかにした画期的な論文を彼が発表し、日本の全国紙でも記事になったという知らせだった。メールに添付されてきたその論文を早速読んだところ、まさに日本アニメーション史上の長年の謎だった『ニッパールの変形』の作者や、原題他多くのことが解明されていた。しかも同論文の中では、日本で初めて上映された(外国)アニメーションの別の候補に関する議論も精緻に行われている。
その研究テーマや成果を考えると、日本のアニメーション界には非常に有意義なものに間違いなく、ただ原文が英語で書かれているため、誰にでもアクセスしやすいわけでないという問題があった。日本でより多くの読者に読んでもらうためには、どうしても日本語に翻訳される必要がある。日本には既に大学でアニメーションの専攻課程があり、中には修士や博士レベルの研究課程まで設けられているところもある。そのような研究ネットワークを通して、すぐに訳者が見つかり和訳が実現したのは、本当に幸運であった。そして日本アニメーション学会の機関誌『アニメーション研究』で、2013年末に発表されることになっている。なお「アニメーション研究」の購読は学会員もしくは購読会員であることが条件だが、国会図書館などでは読むことができる。
「ビッグ・イン・ジャパン」という懸念
現在ドイツに在住しバイエルン州立図書館のマイクロフィルム担当として働きつつ、日本のアニメーションを研究しているリッテンさんだが、カナダのモントリオール出身で、学部から博士までの教育はドイツで受けている。中国近代史、知識史、20世紀における虐殺の歴史など、様々なテーマを経て、最近は日本のアニメやマンガ、そして絵本を研究している。しかも、ドイツの「歯科医の日」に日本最初の歯科医師である小幡英之助とその関連マンガに関する講演を行ったり、戦時中、日本の動物園における動物処分の歴史を、ドイツとイギリスの歴史と比較研究しつつ、日本でそれを題材に作られた絵本やアニメーションに関する論文を発表したりと、研究テーマが実に多彩で幅広い。
バイエルン州立図書館、マイクロフィルムが所狭しと並ぶここがリッテンさんの仕事場(Copyright for the picture Bavarian State Library)
実はリッテンさんは、1917年日本で最初に公開された日本アニメーションに関する研究により、2013年7月に再度日本国内の全国紙で記事となった。ただ、今回リッテンさんとメールをやり取りしているうちに、彼が言及した「Big in Japan」という言葉から感じ取れたのだが、彼の研究に対する日本からの反応と、ドイツ(もしくは欧州)における反応との間には温度差があるようだ。「Big in Japan」とは、「日本では有名だが、本拠地では違う」ということを意味するらしい。ドイツや欧州諸国においては、特にアルファヴィルという1980年代以来活動しているバンドのヒット曲の題名としてもよく知られている。インターネット上では彼らのこれまでのライヴ公演が掲載されており、当該の曲も聴くことができる。しかしながらリッテンさんからすると、その歌は決してハッピーソングではないとのことだ。
一通のメールからもたらされるオプティミズム
リッテンさんの本棚
もちろん日本のアニメーションは間違いなく世界的に人気を博しているし、それに伴って映像メディア研究やカルチュラル・スタディーズなど学問分野からも多くの注目を浴びている。しかし後者に関しては、必ずしも楽観的とは限らない。まず、持続的に日本のアニメーションを研究し続けられるのかが問われている。これは研究の拠点がなかなか見つかりにくく、従来の確立された他学術領域に向かわざるを得ない日本のアニメーション研究者たちにも当てはまる問いかもしれない。さらに、アニメーション研究分野において翻訳のできる多言語研究者の養成、そしてジャーナルや論文など文献の国際的な共有も重要な課題としてあげられる。
今回リッテンさんの例からも分かるように、以上の課題の実践において、個人や団体による緊密な研究ネットワークは極めて有効だといえるだろう。その後、リッテンさんからは、東アジアの文献を担当するベルリンの大きな図書館に日本アニメーション学会の機関誌の購読を申し込み、前向きな返事をもらったというメールが届いている。日本アニメーションの研究を通じた一歩一歩の国際的交流から生み出される様々な可能性が楽しみである。
(キム・ジュニアン)