メディア芸術のアーカイブは、作品を保存・収集するだけでは意味がない。当時の世相や作品に対する価値観、遊ばれ方などを含めて後世に伝える必要がある。
こうした中で本書『インサート・コイン(ズ)』は、単にミステリ仕立ての青春小説というだけでなく、1980年代のゲーム文化を伝える、優れた資料となっている。
主人公は架空のゲーム雑誌『Press Start』に寄稿するゲームライターの柵間朋康だ。同誌はゲームの論説やコラムなど、大手ゲーム雑誌が扱わない内容を取り上げるマイナー誌。主人公は過去の名作ゲームにまつわる記事を執筆するかたわら、ゲームをめぐる些細な、しかし当事者にとっては重要な「謎」を解き明かしていく。
本書で取り上げられているのは『スーパーマリオブラザーズ』『ぷよぷよ』『格闘ゲーム』『シューティングゲーム』『ドラゴンクエストIII』だ。オリジナル版をリアルタイムで楽しんだ「ファミッ子」世代には、ゲームの進化と自分の成長を無邪気に重ねることができた、幸せな共通体験を感じ取れるだろう。
逆にモバイルゲームやソーシャルゲームが日常的となった10代の読者には、十分に意味が分からないかもしれない。なにしろタイトルにある「コインを入れて」ゲームを遊ぶ行為すら、マイナーになりつつあるのだから。 だからこそ本書には価値がある。
『 インサート・コイン(ズ)』
著者:詠坂雄二
出版社:光文社
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