2017年2月18日(土)、北九州市漫画ミュージアムで創作同人誌展示即売会「九州コミティア」のプレ開催がおこなわれ、サークル参加者・一般参加者を含め、700人もの人々が集った。今回のプレ開催は今年9月に開かれる「九州コミティア1」に先立つ試験的な開催として位置付けられている。「コミティア」とは、1984年11月にスタートした、自主制作物を出展し売り買いする同人誌即売会である。同じく同人誌即売会として有名な「コミックマーケット(通称コミケ)」との違いは、コミケが既存のマンガやアニメ作品などの二次創作物やパロディ作品を中心とするのに対し、コミティアではオリジナル創作物に限定され、原則としてコスプレも禁止されている点である。そのため、コミティアはマンガ家を目指すアマチュアの描き手の作品発表の場となるだけではなく、プロの作家が商業誌のニーズにとらわれずに自分の描きたい作品を発表し、読者とより近い距離でコミュニケーションをとることができる場としても活用されている。2017年2月に東京で開催された「コミティア119」では、4122もの団体・個人が参加した。東京だけではなく、関西、名古屋、新潟、福島(みちのく)、北海道でも年2回ほど開催されており、今回、その一つとして九州エリアが加わることになった。

主催者である九州コミティア・ミーティングによれば、今回のプレ開催には、当初予定された90のスペースに九州外からの応募も含む226ものサークル・個人からの応募があったという。出来るだけ多くの方に参加してもらいたいという思いから急遽スペースを103に増床して対応することになった(九州コミティア・ミーティングウェブサイトより)。

qc01.jpg
会場の様子①

qc02.jpg
会場の様子②

会場となった北九州市漫画ミュージアムでは、通常展示がおこなわれている企画展示室が4つのエリアに区切られていた。入口を入ってすぐのAゾーンは「コミティア出張委託コーナー」があり、ここでは東京コミティアで出展された作品が委託販売されていた。B、C、Dのゾーンでは、ぎっしりとテーブルが並べられサークルごとに区切られたスペースに作品が所狭しと並べられている。来場者は、入場時に受け取った会場のサークル配置マップを見ながら、自由に歩き回る。会場の至るところでは、売り手と買い手が作品を通して熱心に会話をしている様子がうかがえた。その様子を見れば、同人誌即売会はコミュニケーションの場であるということを確認させる。多様なジャンルの作品を出展するサークルがランダムに机を並べる会場配置によって、自分の好きなジャンルや絵柄などの作品を選び取るだけではなく、会場を歩き回りながら気になる作品を探す楽しみもあるだろう。

参加サークルの中には、北九州を拠点に50年以上も同人活動を続けている「アズ漫画研究会」(後述)や、福岡に暮らすバンド・デシネ作家のヴァンサン・ルフランソワ氏のスペースも。フランソワ氏はフランス人の視点から福岡の街を見つめた『日本にある街』を販売されていた。この作品は通常オンライン上や展覧会等で公開しているということで、一般的な書店では目にすることができない。筆者自身、福岡を拠点に活動しているバンド・デシネ作家がいるということを初めて知ったが、このように、普段書店では出会えないタイプのマンガを知るきっかけになり、加えて作者と直接交流ができることもコミティアの魅力の一つといえるだろう。

すべてのゾーンをつなぐ通路となるスペースには、長テーブルにそれぞれのサークルの見本誌が並べられており、来場者が熱心に作品を手に取って読んでいる様子がうかがえた。この見本誌を見てみると、マンガ作品だけではなく、小説やグルメ情報誌、旅行記など、多様な種類の創作物が集まっていたことがわかる。そして、様々な絵柄やマンガ表現のスタイルがあるというだけでなく、綴じ方や印刷、紙の質などの点でこだわった作りのものもあるということに驚かされる。

qc03.jpg
それぞれのサークルから集められた見本誌

qc04.jpg
見本誌を熱心に読む人々

会場では、マンガ作品だけではなく、ポストカードやキーホルダー、アクセサリーなどオリジナルのグッズを販売する人も見受けられた。来場者の中には、家族連れも多く訪れており、オタクやマニアだけの空間というよりは、マンガに関わるイベントに興味を持つ人がふらりと立ち寄れる雰囲気にもなっていた。それは今回のプレ開催が小倉駅から近い商業ビルの中に位置する北九州市漫画ミュージアムで行われたことにも起因するかもしれないが、マンガに興味はあるが同人活動にはなじみがない人に対しても、コミティアや同人活動を知り、親しむ機会を提供することができたのではないか。9月の本開催においてどのようなサークルが集まるかは未知数だが、九州コミティアが東京コミティアとは異なり、九州地区を中心に活動するサークルや作家の作品発表の場として独特な方向性をもった発展をすることも考えられる。

そもそも、なぜ今、九州にコミティアが発足したのだろうか。その直接のきっかけは、2016年に北九州市漫画ミュージアムで開催された「アズ50年展―マンガ同人の半世紀―」(2016年3月19日(土)〜4月10日(日)、北九州市漫画ミュージアム)にある。「アズ」とは、「アズ漫画研究会」の略称で、1966年に北九州市で現北九州市漫画ミュージアム館長の田中時彦氏を中心に始まった同人サークルである。1967年、当時マンガファンの交流の場であった『COM』を目指して編集された肉筆回覧誌『アズ』を創刊し、現在でも活動が続けられている。多くのマンガ家やイラストレーターなどのクリエイターを輩出し、地域密着型の同人サークルとして九州地区におけるマンガファンの交流の場を創出してきた。コミックマーケット創立メンバーの一人である故米沢嘉博氏もアズの会員であったことを考えれば、現在のマンガ文化を考えるうえで重要な位置を占める同人文化と深い関わりを持っているといえるだろう。この「アズ50年展」の関連イベントとして、「公開座談会 マンガ同人たちの50年の座談会」(3月19日(土)〜20日(日))が開催され、同人誌即売会の歴史に関わる重要人物たちが集うこととなった。この座談会には霜月たかなか氏(マンガ・アニメ評論家、コミックマーケット準備会初代代表)、米澤英子氏(コミックマーケット準備会、故米澤嘉博夫人)、中村公彦氏(コミティア代表、元「ぱふ」編集長)、田中時彦氏(北九州市漫画ミュージアム館長・漫画家)、そして後に九州コミティア・ミーティング代表となるひのもとめぐる氏(アズ漫画研究会、マンガ家)らが参加した。特に若手中心のセッションとなった「第3部 漫画同人たちの今日から明日へ」において、マンガ文化における同人活動の重要性とアズの功績を振り返り、これからの九州における同人活動の展望を考える中で、ひのもと氏が「九州にもコミティアを」と発言したところ、そこに集まった人々とも意気投合し、すぐにひのもと氏を中心として九州コミティア・ミーティングが発足されることとなった。本来は、2018年の開催を見込んでいたということであるが、話がまとまり、2017年秋の本開催となった。これほどまでの速さで事が運んだことの背景には、「九州に同人誌即売会を」、という多くの人々の熱意があると考えられる。そもそもアズの活動にみられるように、九州地区における同人活動は盛んであったが、1990年代後半以降現在に至るまで九州地区において継続的に開催された大規模な創作同人誌即売会がほとんどなかった。「アズ展」に集まった人々を中心に、九州でコミティアのような大規模な創作同人誌即売会を開催したいという思いが共有され、その熱意が高まった。その後コミティア見本誌読書会を経て、今回のプレイベントの実験的な開催に至ったのである。

qc05.jpg
アズ漫画研究会のスペースと伊藤明夫代表

「九州コミティア1」は2017年9月18日(月・祝)に西日本総合展示場で開催することが決定されており、300サークルを募集する(詳細の発表・申込書配布開始は4月以降、九州コミティア・ミーティングウェブサイトにて)。プレ開催のパンフレットには、コミティアは「作品を介して魂と魂が握手をするような出会い」の場であるとともに、そんな「場」となる九州コミティアをいつまでも続けられるように、というひのもと氏の言葉がある。創作オンリーの同人誌即売会が九州という土地に根付くか、そしてそれを支える人材が育っていくのか、九州という地域性において、その他の同人誌即売会とは異なる独自性が表れてくるのか。このプレ開催が盛況であったことを考えれば、期待度とポテンシャルは高いといえる。

参考資料:
『AS TOMORROW アズ50年展報告書』アズ漫画研究会、2017年。

◆イベント情報

九州コミティア1
日時 2017年9月18日(月・祝)
場所 西日本総合展示場
福岡県北九州市小倉北区浅野3丁目8-1
URL 九州コミティア・ミーティング
https://www.q-comitia.com/