4.アニメ映画増加時代における映画会社の動向
前編では昨年のアニメ映画の相次ぐヒットを、近年のヒット映画の傾向と結びつけて論じてきたが、後編ではアニメ映画を扱う各映画会社のアニメへのアプローチに目を向けてみたい。
1 東宝
2010年代の邦画シェアが、東宝独走の状態であることは言うまでもない。松竹が堅実にシェアを回復させつつあるとはいえ、ヒット作の興収ランキングを見る限り、東宝の強力さは一目瞭然である。アニメ映画だけでも『君の名は。』(2016年)、『バケモノの子』(2015年)、『STAND BY ME ドラえもん』、『映画 妖怪ウォッチ 誕生の秘密だニャン!』(2014年)、『風立ちぬ』(2013年)など、近年の邦画興収で首位を争った作品は、全て東宝が配給している。
加えて東宝本体とは別個に、東宝映像事業部がイベント上映やテレビアニメのプロデュースを始めていることも注目に値する。
東宝映像事業部は、従来はパッケージ販売を行ってきた一部署であったが、ODSの配給事業から発展し、音楽ドキュメンタリーやアニメのイベント上映などを取り扱うようになった。扱う作品の傾向としては、東宝本体に比してコアファン向けの、深夜放送されるアニメの関連作品などが多い。「妖怪ウォッチ」「ドラえもん」「名探偵コナン」などを東宝本体が扱うのに対し、「傷物語」や「亜人」などのシリーズは東宝映像事業部の配給である。基本的には20〜30スクリーン程度のイベント上映や、100スクリーン規模の公開作品を扱っている。
東宝が映像事業部内に「アニメ事業室」を設け、「TOHO animation」レーベルを立ち上げて、アニメへのアプローチを本格化させたのは2012年である。テレビアニメのプロデュースにも積極的で、直近の番組でも『リトルウィッチアカデミア』、『弱虫ペダル NEW GENERATION』がある。いずれも関連した劇場作品を、映像事業部が既に配給している。
なお、『君の名は。』のエグゼクティブプロデューサーである古澤佳寛はアニメ事業室長であり、企画・プロデュースを担当した川村元気も、TOHO animationのテレビアニメ『血界戦線』や、細田守の劇場作品『おおかみこどもの雨と雪』、『バケモノの子』をプロデュースしている。こうしてみると、2010年代の東宝がアニメ事業を積極化してきたことが、自社主導企画である『君の名は。』のヒットに繋がったと見ていいだろう。
2 松竹
いまひとつ、はっきり表れてきたのが、松竹のアニメ映画配給の積極化である。
もともと松竹は、かつて劇場版『機動戦士ガンダム』3部作を配給して以来、サンライズとの提携が続き、長らく「ガンダム」シリーズの劇場版を扱ってきた。とはいえ『機動戦士ガンダムUC』イベント上映の定着までは、「ガンダム」シリーズといえど、定期的・継続的な劇場用新作が公開されてきたわけではない。
他にも時代に応じて、ファミリー向けからコアファン向けまで、様々なアニメ映画を扱ってきてはいたが、東宝や東映のような定番もののプログラムには欠けていた。しかし近年、『機動戦士ガンダムUC』以降、現在でも回を重ねている『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』や、有料配信をファーストウィンドウとした『機動戦士ガンダム サンダーボルト』の劇場版上映など、様々な形態で展開するアニメ作品を扱う事例が増えてきた。サンライズ制作の作品では、『ラブライブ! The School Idol Movie』(2015年)が、この文脈上に位置づけられるだろう。本作は興収28.4億円をあげ、この年の松竹配給作品では筆頭の成績となった。
サンライズ以外の作品でも、『宇宙戦艦ヤマト2199』のイベント上映は、本年より開始された続編『宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち』へと繋がっており、『黒子のバスケ ウィンターカップ総集編』、『魔法使いの嫁』などもイベント上映が回を重ねている。さらに深夜枠で放送された『甲鉄城のカバネリ』や『響け!ユーフォニアム』などの総集編劇場版など、アニメ作品の配給自体が活発化している。またアニメ以外でも「ウルトラマン」シリーズの劇場版が、定番プログラムとして定着し始めている。
なお、松竹サイドでのアニメのイベント上映は、2013年に発足した「メディア事業部」の扱いである。こちらもパッケージ販売やODS配給を扱ってきた部門が元であり、東宝映像事業部と同様、作品企画に応じた公開形態や規模を探りやすい環境が整ってきたと見られる。
また『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』(興収2.23億円)は松竹本体の配給であったが、これは2011年の『映画 けいおん!』(興収19億円)以来、松竹が配給を手掛けてきた京都アニメーション制作の作品であり、2016年の『映画「聲の形』での、松竹の製作委員会参加につながった流れと見てよいだろう。そしてこれがテレビアニメを経ずして23億円の興収をあげるヒット作となったことは、アニメ映画の脱テレビ的企画の成功を物語る一端であるとともに、おそらく松竹におけるアニメ映画製作・配給事業の積極化の、一つの成果と言えるのではないだろうか。
3 東映
東映アニメーションは「ドラゴンボール」、「ワンピース」、「プリキュア」など、定番どころの長寿作品を持ち、東映が配給する一連の映画の中でも「仮面ライダー」や「戦隊」と並んで、キャラクター路線での貢献度が高い。アニメか実写かを問わず、この路線が東映作品の稼ぎ頭であり続けてきたのは確かである。しかしそれゆえに東映の業績は、このキャラクター路線の経年的な波に揺られ続けてもいる。たとえば2016年に公開された『ONE PIECE FILM GOLD』は、興収51.8億円をあげた。これは昨年の東映全配給作品があげた興収の3分の1を超えている。2015年も、『ドラゴンボールZ 復活の「F」』の興収37.4億円が、年間総興収の3分の1以上を占めており、この規模のヒット作があると無いとでは、東映の映画事業そのものの規模が変わってしまう程なのである。
「ドラゴンボール」や「ワンピース」のヒットを、原作マンガをはじめとするメディアミックス展開の一環と見ることは容易である。しかし、それ以外の側面もありはしないだろうか。たとえば「ドラゴンボール」にしても、旧作のデジタルリマスター版『ドラゴンボール改』の放送があったとはいえ、劇場版『ドラゴンボールZ 神と神』(2013年、興収29.9億円)、『ドラゴンボールZ 復活の「F」』の相次ぐヒットは、テレビ・キャラクター路線の優位性というより、むしろ劇場新作の公開それ自体による話題喚起が大きかったように思う。また「ワンピース」にしても、ここ3作の劇場版の大ヒットは、テレビシリーズの視聴者層よりも広い、一般成人層の集客に成功したことによるものとされている。こうした現象は、劇場アニメ映画需要の転換という傾向の表れと考えることができよう。
この傾向に、皮肉にも東映が乗り切れなかった感は強い。それが色濃く表れたのが、東映アニメーション60周年記念映画として、昨年12月に公開された劇場完全オリジナル作品『ポッピンQ』であった。当初は2017年1月とアナウンスされていた本作の公開は、その後2016年12月末公開へと前倒しされ、正月映画として封切られた。
しかし実際に鑑賞してみると、作品のテーマとしては中学を卒業する時期の5人の女子の葛藤を描いており、入場者特典も4月始まりのカレンダーで、正月映画としては内容とのズレを感じざるを得なかった。前倒しでの公開が可能なほど完成に余裕があったのであれば、むしろ2〜3月頃の公開を待つ手もあったのではないだろうか。
もちろん作品内容としても、いま少し練り込めただろう部分が見られたのは確かである。それは、観客のターゲット層をどの程度の年齢に置くべきなのかという点での迷いの反映にも思えた。
東映アニメーションは長らく、児童向けのヒット作品を多く抱えてきたことから、ここでいま少し上の、ともすればアニメ離れを起こしてしまう小学校高学年から中学生くらいまでを集客できるアニメ映画を企画・構想しようとする意図それ自体には挑戦的なものがある。しかしそれが、配給を行う東映本社側の意図との間でうまく連携できていたとは言い難い。
連携不足は2011年の劇場アニメ『虹色ほたる〜永遠の夏休み〜』でも見られたものだ。「永遠の夏休み」との副題がついていたにもかかわらず、その封切は5月の後半であり、公開時期と作品内容とのズレは明白だった。
こうした劇場オリジナル作品の周縁化とでも言うべき現象は、おそらく東映配給作品の中で、特に児童層を集客できる現行のテレビ・キャラクター路線の作品があまりに定着したことの弊害なのであろう。春休みや夏休み、冬休み、そしてゴールデンウィークとシルバーウィークには、決まってこの路線の作品が封切られるから、東映アニメーションが独自にオリジナル作品を企画・制作しても、にわかに優先し難い事情も理解はできる。
しかし先述のように東映は、アニメーション制作会社を子会社に持つ唯一の邦画大手企業なのである。そして東映アニメーションにしても、国内最古の老舗と言うべき地位にある。この東映アニメーションが新たな領域へと踏み出そうとするとき、その配給を担う東映本社にもまた、子会社の企画・制作力と連携した、積極的な市場開拓の方針が求められるのではないだろうか。制作側の企画意図から営業・配給側がターゲット層を特定し、上映時期や興行規模が定められることで、制作側もより明確な目標をもって作品構想を練り上げていく、そういった商業作品ならではのダイナミズムを作品内容とその公開形態から共に感じられてこそ、イベントとしてのアニメ映画興行は、ヒット作たる風格を手に入れられるのではないか。
近年の東映アニメーションによる劇場オリジナル作品で話題を呼んだのが、東映本社ではなくグループ企業のティ・ジョイが配給した『楽園追放 Expelled from Paradise』(2014年)や、東映アニメーションと東映が共同配給している『デジモンアドベンチャーtri.』のイベント上映(2015年〜)であるという事実は、いくらか東映本社のアニメに対する扱い方への心許なさを覚えさせる。アニメを制作する側や、観客に届ける興行側のフットワークが軽くとも、それを取り持つ配給側の動きが鋭くなければ、作品が同時代の情勢を捉えきることはできまい。
東宝や松竹によるアニメ映画へのアプローチの活発化とその成功、そして劇場アニメ映画における脱テレビ的な傾向などを前に、東映にはもっと東映アニメーションとよりよく連携した、劇場オリジナルのアニメ映画の積極的開拓へ向けた奮起を望みたい。
4 その他の企業
ワーナーブラザーズジャパンは洋画メジャーの日本法人だが、現在は邦画製作も行っている。かつて細田守の『サマーウォーズ』で製作委員会参加と配給を行ったのもワーナーであった。したがって、アニメ製作や配給にも積極的である。
深夜放送のテレビアニメでは「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズや『SHIROBAKO』など、直近の劇場作品では、昨年12月に公開され初週の観客動員で話題となった『モンスターストライク THE MOVIE はじまりの場所へ』(興収7.3億円)、本年3月公開の『ひるね姫』などがある。
洋画の興行成績が大作以外では伸び悩む近年、日本向けコンテンツの一環としてアニメに取り組むことは、ワーナーにとっても重要な事業なのであろう。これはかつて"洋高邦低"の傾向が表れた70年代半ば以降、邦画業界におけるアニメ映画の価値が高まり続けてきたことと相似している。今後も劇場作品、テレビシリーズともに、積極化していくのではないだろうか。
昨年にはアニメ映画の増加に従って、博報堂DY MaP配給(レーベルはショウゲート)の『ガールズ&パンツァー 劇場版』、東京テアトル配給の『この世界の片隅に』と、大手配給会社以外が扱った作品でも、興収が20億円を超える事例が相次いで表れた。
ポニーキャニオンやエイベックス、アニプレックスのように、パッケージ事業から配給や製作に参入した企業の劇場作品も増加しており、また昨年は『劇場版 艦これ』以外、アニメ映画を扱わなかったKADOKAWAも、2017年には劇場アニメの積極的展開をうたっている。
製作本数の増大、興行形態や規模のバリエーション増加、そしてパッケージビジネスからの転換を試みたいアニメ産業側の思惑などから、劇場アニメの多角化はしばらく進行するだろう。その中では、邦画やメディア企業の大手よりも、いま少し小規模な企業が昨年の経験を活かしつつ、フットワークの軽さを生かしたフレキシブルな活動を見せてくれれば、東宝とディズニーが上位を独占する日本の映画市場を良い意味でかき乱すことができるかもしれない。
5.3DCGアニメ映画
いまひとつ、現下の状況で注目したいのは、3DCGアニメ映画の興行が、今後いかに推移するのかということである。
もともとディズニー/ピクサーの3DCGアニメは、日本でも一定のシェアを保っていた。『アナと雪の女王』(日本公開2014年)の興収255億円は異常加熱であったとしても、『トイ・ストーリー3』(日本公開2010年)の興収108億円、『モンスターズ・ユニバーシティ』(日本公開2013年)の興収89.6億円など、たびたび大ヒット作が生まれてきた。
さらに、ユニバーサル+イルミネーションによる作品も、日本市場に定着し始めている。『怪盗グルーの月泥棒』(日本公開2010年)の日本での興収は12億円であったが、続編『怪盗グルーのミニオン危機一発』(日本公開2013年)は25億円、さらにそのスピンオフ『ミニオンズ』(日本公開2015年)が52億円と、倍々の伸びを見せてきた。
ドリームワークスなどの作品こそ、近年の日本ではビデオスルーが続いているが、ユニバーサル+イルミネーション作品の定着を見れば、ハリウッド製3DCGアニメ映画はファミリー層を中心に、長期休みのレジャーの一つの選択肢になったのではないだろうか。
では、国産の3DCGアニメ映画はどうか。『STAND BY ME ドラえもん』(2014年、東宝配給)が、国内興収83.8億円を記録したことは記憶に新しい。だが、同作を手がけた白組の単独製作による『GAMBA ガンバと仲間たち』(2015年、東映配給)の興収は、一転して3億円に留まった。ここにもやはり、配給・宣伝をめぐる問題が関わっていたように思われる。本作は結果的に白組単独製作となったためか、メディア宣伝において立ち遅れた感があったこと、封切時期もファミリー層を集客できる長期休みではない10月だったことなどがハンディキャップとして作用しただろう。
この意味で2016年の夏休みと、競合作品も多い中で公開された『ルドルフとイッパイアッテナ』の興行収入14.6億円という結果には、興味深いものがある。堅実な成績とはいえ、やはり「ドラえもん」のような人口に膾炙しきったキャラクター路線の成功には及ばなかった。しかしその一方で、『STAND BY ME ドラえもん』の前に、同じ山崎貴と八木竜一のタッグが白組で手掛けた『friends もののけ島のナキ』(2011年、東宝配給)が興収14.9億円であったことを踏まえると、現在の国産3DCG映画の一般的な興行価値は、これをベースに考えられるのではないだろうか。
「怪盗グルー」1作目を東宝東和が配給したとき、その興収は先述のように12億円であった。したがって邦画業界もこのジャンルを、長い目で見て育てていく必要があるし、それだけの可能性を秘めた領域であると言っていいだろう。
いまひとつ、東宝映像事業部が153スクリーンと大きめの規模で配給した『GANTZ:O』が、どの程度の成績をあげたかも興味深い。東宝本体の扱いでないため最終的な興収が確認できなかったが、ヒットしたとの記述は見られることから、『楽園追放Expelled from Paradise』に続き、中小規模の興行をメディアミックス展開の中で行い、ソフト販売やネット配信に繋げる手法が、コアファン向けの路線として継続する可能性があろう。
おわりに
アニメ映画のあり方は、ある時から日本映画の構造的変化を先取りして来たとも言える。たとえば実写映画がまだテレビとの差異化を重視していた時代から、むしろテレビ・キャラクターを映画館に導入し、70年代にはテレビ番組の拡大版としての映画を定着させた。
しかし2016年、このテレビに牽引されてきたあり方が逆転したかのような事例が、アニメ映画に相次いで表れた。これが何らかの構造的転換ならば、それはいずれ日本映画界そのものの転換に繋がるかもしれない。そうした意味で、今年から数年の動向に注視する必要があるだろう。
※本コラム前後編の執筆にあたっては、『キネマ旬報』『映画年鑑』『文化通信ジャーナル』『アニメ産業レポート』などを参照した。