ハリウッドの目抜き通りには、ゴジラの名を冠した星型のプレートが埋め込まれている。日本のキャラクターとしては、唯一となるハリウッド殿堂入りだ。ガメラも、ウルトラマンも、仮面ライダーも海を渡った。パワーレンジャー=スーパー戦隊は、空前のブームを巻き起こした。しかし、彼らの名前はそこにない。ゴジラは、アメリカ人にとって一体どんな存在なのだろうか?
左から『ウルトラマンパワード』(1993)よりウラン怪獣ガボラ、『ウルトラマン』(1966)より同じくウラン怪獣ガボラ。『ウルトラマンパワード』は、初代『ウルトラマン』のリメイク的側面を持つ作品で、バルタン星人やゼットンといったお馴染みの怪獣たちが数多く登場した。「平成ガメラ」リーズや『新世紀エヴァンゲリオン』(1995)、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)などのデザインワークで知られる前田真宏の手によってリ・デザインされたパワードモンスターには、SFX全盛期だった“当時の気分”が内包されている
※写真はすべて筆者の私物のフィギュア
アメリカ生まれのウルトラマン
1980年代、かつて隆盛を極めていた日本のテレビ特撮は、すっかり数を減らしていた。『秘密戦隊ゴレンジャー』(1975)に端を発するスーパー戦隊シリーズと『宇宙刑事ギャバン』(1982)から始まったメタルヒーローシリーズこそ毎年新作が発表されていたが、裏を返せば、この二大シリーズを除くと全滅に近い状態だったのである。また、これらの作品に登場する敵役の多くは、等身大の“怪人”であり、本稿が掲げる“怪獣”の定義からは外れるものだ(註1)。怪獣特撮の雄である「ウルトラマン」シリーズも、『ウルトラマン80』(1980)と番外編的作品『アンドロメロス』(1983)を最後に、新作のテレビ放映が止まっていた。もっとも「ウルトラマン」リーズが、当時の子供たちに飽きられてしまったわけではなく、依然としてオモチャ屋の店頭には無数のソフトビニール人形が並べられ、新撮映像を交えた総集編映画や過去の映像を利用した帯番組などが発表され続けていたことは付け加えておこう。そして1989年、ついに完全新作の劇場用作品が公開される。それが『ウルトラマンUSA』だ(註2)。
『ウルトラマンUSA』は、アメリカの老舗アニメスタジオとして知られるハンナ・バーベラ・プロダクションと、円谷プロダクションの共同製作により誕生した長編オリジナルアニメーション。本編の制作そのものは日本のアニメスタジオ主導で行われたが、脚本はアメリカ側が担当しており、アメリカ空軍のアクロバットチームの隊員に乗り移った3人のウルトラ戦士が、惑星ソーキンより飛来した宇宙怪獣(註3)と戦うというストーリーだった。アメリカでは日本に先駆けて、1987年にテレビ映画として初放映され、最終的にテレビシリーズ化されることこそなかったものの、同時期の子供向けテレビ映画では第3位の視聴率という好成績を収めたとされている。
やがて海外マーケットに可能性を見出した円谷プロダクションは、今度はオーストラリアを舞台にした実写映画の企画を立ち上げる。もっともこちらは志半ばにして頓挫してしまうのだが、同じく暗礁に乗り上げていた新作テレビシリーズ企画『新ウルトラマン』と結びつき、最終的に全13本となるビデオシリーズが製作されることとなった。オーストラリアとの合作、『ウルトラマンG』(1990)だ。日本側が用意した基本設定やデザイン、オリジナル脚本をもとに、南オーストラリア州政府の経営するサウス・オーストラリアン・フィルム・コーポレーションが製作。出演者は海外の俳優で固められ、登場怪獣のデザイン・造形も“クリーチャー”と表現したほうがしっくりくるような生物的なものに仕上がっている。着ぐるみによる表現が難しい四つ足怪獣などは巨大なマペットを併用していたり、オーストラリアの広大な土地を活かしたオープンセットが頻繁に組まれたりと、海外の特撮スタッフならではのアプローチも楽しい一作だ。作品全体のビジュアルは完全に海外ドラマのそれで、アメリカのケーブルテレビにおいても高視聴率を獲得したという。これは、かつて初代『ウルトラマン』が放送されたとき以上の成績で、「ウルトラマン」シリーズは再びアメリカ本土に上陸することとなる。ハリウッドの映画スタッフに制作発注した一大プロジェクト『ウルトラマンパワード』(1993)である。
『ウルトラマンパワード』は、設定や脚本、デザインといった作品の骨子となる部分に関しては、あくまでも国内で担当するという『ウルトラマンG』と同様の製作体制がとられていた。アメリカが、日本以上のスーパーヒーロー大国であることは間違いないものの、ウルトラマンのような巨大ヒーローは皆無に等しいため、その世界観をすんなり理解することが難しかったということだろう。前述の『ウルトラマンUSA』においても、ハンナ・バーベラ側から提示されたウルトラ戦士のデザイン画には、アメコミヒーローよろしくマントが描かれており、これはアメリカ人がマントも付けずに空を飛べるヒーローという設定を受け入れられなかったからだといわれている(註4)。
なお、同じく1993年には、スーパー戦隊シリーズの『恐竜戦隊ジュウレンジャー』(1992)の英語版ローカライズ作品である『マイティ・モーフィン・パワーレンジャー』が放送開始され、アメリカの子供番組史上最高の視聴率を叩き出すという社会現象を巻き起こしている(註5)。「パワーレンジャー」シリーズは、今もなお続く超人気シリーズだ。しかし『ウルトラマンパワード』は、そこまでの反響を得るには至らなかった。やはり向こうの子供たちには、等身大ヒーローのほうが馴染みやすいということかもしれない。ちなみに日本におけるスーパー戦隊シリーズの人気関連商品といえば、なんといっても合体ロボのオモチャになるわけだが、「パワーレンジャー」シリーズの場合はバイクをはじめとするビークル系が一番人気なのだとか。ジャイアントモンスター、ジャイアントヒーロー、ジャイアントロボット……日本人は、とにかく巨大なキャラクターが大好きだ。しかし、その趣味嗜好は必ずしもグローバルスタンダードなものではない。怪獣文化だけが、なぜか例外的に受け入れられているのである。
アメリカの怪獣事情
『GODZILLA』(1998)より、ゴジラ。上半身のプロポーションは人間にほど近く、これは“ゴジラらしさ”を残すための工夫のひとつだったとデザイナーのパトリック・タトプロスは語っている。ゴジラらしさとは、すなわち怪獣らしさという意味だろう。サメのように尖った背びれは、のちに日本のゴジラにも導入された
1998年に公開されたリメイク版『GODZILLA』については、前回も軽く触れた。先の海外版ウルトラマンとは異なり、純然たるハリウッド制作の大作映画である。そのため、物語の導入部こそ初代『ゴジラ』(1954)に驚くほど忠実でありながら、後半の展開やゴジラ自体のルックス、設定などは独自性を極めたものになっており、国内外のファンから大いなる反発を受けることとなった。本稿はピックアップ作品を論評する場ではないので、その批判内容について深く触れるつもりはないが(註6)、従来のゴジラに慣れ親しんできた日本人と同様に、ハリウッドリメイク版ゴジラに対して拒絶反応を示すアメリカ人が少なからず存在していた点は見逃せない。ゴジラ、かくあるべし。遠い異国の地に住む彼らもまた、確固たる“ゴジラ観”を抱いていたのである。では我らが怪獣王は、どのような道のりをたどり、それだけの愛を得るに至ったのか?
かつてゴジラ映画は、アメリカン・インターナショナル・ピクチャーズをはじめとする映画配給会社によって権利を安く買い取られ、街の小さな映画館での2本立て興行や郊外のドライブイン・シアター、あるいは土曜日の午後や深夜のB級映画枠でのテレビ放送を通じて、アメリカのティーンエイジャーたちに広く親しまれていた。特に60年代から90年代にかけては、最低でも週1回はどこかしらのテレビ局が流していたほどだったという(註7)。だが、アメリカ人が慣れ親しんでいたゴジラ映画は、時として過剰なユーモアを加味した英語吹き替えがなされていたほか、子供にとって退屈と判断された会議シーンなどが削ぎ落とされたり、逆に新たなシーンが付け加えられたりと、必ずしも原典に忠実なものではなかった。第1作の海外版である『怪獣王ゴジラ』(1956)に至っては、核開発や第二次世界大戦、そしてアメリカをネガティブに表現している箇所のことごとくが削除、もしくは目立たなくされている。ゴジラに、“核の落とし子”などというシリアスなバックボーンがあることを知っている外国人がいたら、それはよっぽどディープなファンに違いない。
実際、リメイク版『GODZILLA』の続編的意味合いを持つテレビアニメ作品『ゴジラ・ザ・シリーズ』(1999)は、いわゆる刷り込みで人間を親だと思い込んだゴジラ2世が、世界各地に出現したミュータント怪獣やエイリアンと戦うというストーリーで、ハンナ・バーベラが制作したテレビアニメ版『GODZILLA』(1978)も、海洋科学調査船カリコ号と旅を続けるゴジラが、甥っ子のゴズーキーとともに凶悪怪獣らを迎え撃つというものだった。これらは正義の怪獣王として活躍していた、70年代のゴジラのイメージを反映させたものであろう(註8)。
左から「GODZILLA, KING OF THE MONSTERS」第1号(1977)表紙、「GODZILLA, KING OF THE MONSTERS」第20号(1979)表紙
一方、1977年から約2年間に渡って、マーベル・コミックが発行していた「GODZILLA, KING OF THE MONSTERS」誌では、決して人間に与しない荒ぶる巨獣として暴れまわり、ファンタスティック・フォーやアベンジャーズと激戦を繰り広げていた。ちなみにDCコミックスも、1956年にバボンガという怪獣とバットマンを戦わせている。バボンガは、『原子怪獣現わる』(1953)のリドサウルスとゴジラを足して2で割ったような怪獣だ。アメコミといえば、等身大ヒーローが活躍するものばかりというイメージがあるかもしれないが、実は怪獣を取り扱ったものも少なくないのである。特にマーベル・コミックは、スーパーヒーローのコミックが下火になっていた50年代末、SFアンソロジーコミック誌に巨大怪獣を頻繁に登場させていた。それらのオロゴ、グーガム、ゴーギラといった濁音混じりのネーミングは、明らかに日本の怪獣から影響を受けてのもの(註9)。また、90年代にはダークホースコミックスが、10年代にはIDWパブリッシングが、それぞれオリジナルストーリーのゴジラコミックを発行している。さらにダークホースは、同時にガメラのコミックも手掛けていた。海を渡った怪獣は、なにもゴジラだけではないのだ。
ゴジラは、怪獣は、多くの日本人が想像している以上に、アメリカ人にとって身近な存在となっていた。もちろん、すべての人が熱烈な怪獣ファンというはずはなく、また彼らの抱く怪獣像が、日本人のそれとピタリ一致するわけでもないのだが、怪獣がアメリカンポップカルチャーの一部となっていることは動かしようのない事実である。これはただ映画史を振り返るだけでは分からないことだ。さあ、次回は再び映画の世界に目を向けよう。いよいよラストとなる第4回では、2度のゴジラ復活と呼応するかのように、世界各地に出現した怪獣たちを紹介していきたいと考えている。
(脚注)
*1
メタルヒーローシリーズの第4弾である『巨獣特捜ジャスピオン』(1985)には、例外的に「巨獣」と呼ばれる巨大怪獣が毎回登場する。ブラジルでは絶大な人気を誇る作品で、ブラジル版リメイク映画の製作も発表されている。
*2
日本では『ウルトラマン大会(フェスティバル)』と銘打たれ、『ウルトラマン』第20話「恐怖のルート87」、『ウルトラマンA』第5話「大蟻超獣対ウルトラ兄弟」および短編アニメ『ウルトラマンキッズ』との同時上映で劇場公開された。
*3
このソーキン・モンスターと呼ばれる宇宙怪獣群には、無数の触手を使って歩く植物怪獣のグリンショックスやプラズマボールのような本体を有するメカ怪獣のガルバラード、そして小動物を思わせる第一形態から変異を繰り返して、最終的にウルトラ戦士の数倍もの体躯にまで膨れ上がるキングマイラなど、当時の特撮技術では表現の難しい、アニメならではの顔ぶれが揃っていた。
*4
もっともスーパーマンやマイティ・ソーの飛行能力は、決してマントに依存したものではないし、アイアンマンのようにマントなしで空を飛ぶアメコミヒーローも数多く存在する。
*5
『マイティ・モーフィン・パワーレンジャー』の成功を受けて、メタルヒーローシリーズの『時空戦士スピルバン』(1986)と『超人機メタルダー』(1987)、そして『宇宙刑事シャイダー』(1984)の映像を使用した『バーチャル戦士トゥルーパーズ』(1995)や『仮面ライダーBLACK RX』(1988)をベースとした『Saban's Masked Rider』(1995)、円谷プロダクションの『電光超人グリッドマン』(1993)のローカライズ版である『Superhuman Samurai Syber Squad』(1994)などが製作された。いずれも既存のアクション&特撮シーンを流用して、新たにアメリカで撮影されたドラマと組み合わせるという手法でつくられている。もっとも近年の「パワーレンジャー」シリーズは、ドラマ以外の新撮カットも大幅に増えてきており、まったくの別作品として楽しむことができる。
*6
オリジナルとかけ離れた外見に加えて、時速480kmの猛スピードで走る、放射熱線を吐かない、大量に繁殖する、通常兵器で息の根を止められるといった点が、まるでゴジラらしくないと批判を浴びていた。
*7
アメリカでもポピュラーな存在となったゴジラは、日本と同様にテレビコマーシャルにも多く駆り出されており、新たな着ぐるみとミニチュアセットまで用意して撮影されたナイキやドクターペッパーのものは特に有名だ。また、大きなもの、性悪なものといった意味を付加させる「-ZILLA」なる接尾語も、広告業者を中心に広く使われている。日本でも普及しているウェブブラウザ「Mozilla Firefox」も、そのひとつだ。
*8
人類の脅威としてデビューしたゴジラだったが、作品を重ねるごとにベビーフェイスとして描かれるようになり、『地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン』(1972)からは完全に人類の味方ポジションに落ち着く。しかし、9年ぶりの復活となった『ゴジラ』(1984)では、再び人類の脅威に返り咲き、その続編である平成VSシリーズ以降、あくまでも劇中の扱いはヒールだが、観客の視点からはヒーローという極めて器用な立ち位置を確立して現在に至る。
*9
そもそもアメリカでは、モンスターにいちいち固有名詞を付けたりしない。恐竜のような姿をしていれば恐竜、鳥のようであれば鳥や怪鳥などと呼ばれるのが常で、『キング・コング』(1933)のコングは例外中の例外といえるだろう。ちなみに昨今、映画『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014)の登場人物として、一気に知名度を高めた樹木人間グルートも、この50年代末に生み出された怪獣キャラクターのひとつだった。当時はもっと巨大で、しかも悪役だったのである。
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