新型コロナウイルスが全世界で猛威を振るっている。こうしたなか、品薄状態が続いているのが2019年10月に発売された『リングフィット アドベンチャー』だ。ゲームと社会の急速な関係性の変化が、本作の販売に思いがけない変化をもたらしている。
任天堂公式サイトより
ヒット商品を生むための方程式とは
「サンスタートニックシャンプー」「カビキラー」「テンプル(天ぷら油処理剤)」などのヒット商品で知られる梅澤伸嘉氏は、商品開発における「未充足ニーズ理論」を提唱している(註1)。「『未充足の強いニーズ』に商品が応えたとき、消費者はその商品を『欲しい』と感じる」とする考え方で、「テンプル」であれば「家庭で天ぷら料理をしたいが、使用済み油の処理が面倒だ→固めて、燃えるゴミにできる商品をつくればヒットする」といった具合だ。
ポイントは「ありそうで、なかった」商品を創り出し、新規市場を開拓することだ。そのためには生活者を注意深く観察する姿勢が重要で、広告用語でいう「インサイト」の掘り起こしにつながる。ゲーム開発も同様で、『ことばのパズル もじぴったん』(AC版発売2001年)でプロデューサーを務めた中村隆之氏(元ナムコ、現神奈川工科大学准教授)は、ブログで「先生の理論は本当に勉強したし、実践もして実際に成果に繋げることもできました」と、高く評価している(註2)。
梅澤伸嘉氏が代表を務めるマーケティングコンセプトハウスの公式サイトより
新型コロナウイルスの感染拡大がもたらした影響
もっとも、時には生活環境の急激な変化が、発売済みの商品に対して消費者が抱く「未充足のニーズ」を強めることもある。任天堂が2019年10月に、Nintendo Switch向けに発売した体感フィットネスゲーム『リングフィット アドベンチャー』のケースがそれだ。本作の国内の発売週の週間発売本数は6万6,952本(註3)と比較的静かな立ち上がりだったが、販売ランキングのベストテンから落ちることなくコンスタントに売れ続け、3月29日までで70万6,945本のセールスを記録している。
本作の売れ行きに影響を与えていると思われるのが、新型コロナウイルスの世界的な大流行だ。週間販売本数の推移グラフを見ると、「発売直後」「年末商戦」の直後に、第三の盛り上がりが見て取れる。本作が年末商戦で相応の売れ行きを見せることは、当初から予測されていた。テレビの前で体を動かして遊ぶという特性のため、正月太りの解消需要が見込めたからだ。しかし、その直後に再び販売が上向くことを予想できた人は少なかった。
電撃オンラインより筆者作成
実際、販売本数が1万9,235本から3万1,788本と1.65倍に増えた1月13日から1月19日は、国内で新型コロナウイルスの感染事例が広がり始めた時期に相当する。翌週の1月23日は中国・武漢市が閉鎖され、翌々週の1月27日には厚生労働省が新型コロナウイルスを指定感染症に指定する方針であることを発表した。2月3日にはダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に入港し、2月13日には国内で初の死者が出ている。こうした一連の状況に、一部のユーザーが敏感に反応したと考えられる。
もっとも、現状の数字を歯がゆく感じる関係者も少なくない。年末商戦から継続して品不足が続いており、なかにはプレミア価格で販売される例も見られるからだ。実際、原稿執筆時点(4月7日)ではネット上で定価7,980円(税別)のところが、2万円前後で販売されている。新型コロナウイルスの感染拡大で、Nintendo Switch関連商品に関する、中国の生産・流通体制が打撃を受けていることが理由だ。任天堂も2月6日、本件に関してお詫びのプレスリリースを出している(註4)。
つまり『リングフィット アドベンチャー』の商品力はそのままに、社会の側が急速に変化したことで、戸外で十分に体を動かして遊べない状況が発生した。これを家庭で解消したいというニーズが高まり、多くのユーザーが飛びついたというわけだ。2月27日に全国の小中学校、高校、特別支援学校に向けて臨時休校が要請されると、このニーズが一層高まった。にもかかわらず品薄状態が続いている点に、関係者の忸怩たる思いが感じられる。相当のチャンスロスが生まれていることは想像に難くないからだ。
こうした状態は世界規模で進行中だ。ネットニュースのWIREDでは、アメリカのユーザーが本作を購入するために在庫を探し回った様子を報じている(註5)。ほかに中国では、正式発売が行われていないにもかかわらず、相当数の本作がネット通販サイトを介して転売されたり、オーストラリアのゲーム専門店チェーンで1人2個までの販売規制が行われたりといった状況が発生しているという。調査サイトのVGChartzによると、全世界の販売本数は2019年12月31日現在で217万本に達しており、今後どれだけ数字が伸ばせるか注目される(註6)。
家庭用ゲームとソーシャルゲームの融合
それでは、このように全世界から注目を集める『リングフィット アドベンチャー』とは、どのようなゲームなのだろうか。以下、商品の内容について検証していこう。
Nintendo Switch リングフィット アドベンチャー 紹介映像
本作はリング上のデバイス「リングコン」を両手に持ち、左足の太ももに「レッグバンド」を巻き付けて、アクションゲームやRPGのような冒険を進めていく新タイプのゲームだ。リングコンにはニンテンドースイッチの専用コントローラーであるJoy-Con(R)、レッグバンドにはJoy-Con(L)を装着する。Joy-Conの多彩なセンサーによってプレイヤーの身体状態がモニタリングされ、テレビに表示されたキャラクターと、プレイヤーの体の動きが連動する仕組みだ。
メインとなるアドベンチャーモードでは、世界を闇に包もうとしている魔物「ドラゴ」の野望を阻止するため、輪状のキャラクター「リング」とともに、主人公がさまざまなコースを冒険していく。
ゲームはフィールドを移動するパートと、敵との戦闘を行うパートに分かれており、前者ではプレイヤーが軽くジョギングをするように足踏みをすると(註7)、画面上で主人公がフィールド上を走り出す。後者では特定のポーズをとることで発動する「フィットスキル」をくりだし、ターン制のRPGのように敵を攻撃していく。フィットスキルを発動するには、リングコンを押しこんだり、引っ張ったり、その場に座って足を伸縮させたりと、さまざまな運動が求められる。
ステージをクリアすると、両パートでの運動量に応じてエクササイズポイントが獲得でき、攻撃力や防御力が上昇したり、新しいフィットスキルを覚えたりと、主人公が成長していく。ほかにリズムゲームを楽しんだり、ゲーム中のコースを進んでいったりするジョギングモードもある。また、リングコンを押しこむ・引っ張る動作はゲームを進める、戻るといった基本的な操作でも必要とされ(通常のコントローラー操作でも代用できる)、自然とエクササイズにつながる設計になっている。
Nintendo Switch リングフィット アドベンチャー 2nd トレーラー
もっとも本作の特徴は、こうした「遊んでわかりやすい」部分だけに留まらない。ゲームの土台となる、「つくり込み」の部分も、非常に良くできている。マニュアルを読まなくてもゲームが進められる直感的な操作や、遊んでいくうちに次第に複雑になっていく段階的な難易度設計などだ。プレイヤーのモチベーションを盛り上げるため、プレイ中に「リング」がひっきりなしに褒めてくれる点なども、ゲームデザインのノウハウを応用したものだ。任天堂の丁寧なゲームづくりの集大成といえるだろう。
このように本作は、プレイヤーが遊びながら運動不足を解消する要素がたっぷりと詰まっている。任天堂から過去に発売され、ともに大ヒット商品となった『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング(=脳トレ)』(2005)や、『Wii Fit』(2007)に連なる、エンターテインメントでプレイヤー自身を豊かにする商品だと言える。また、ゲームで社会問題を解決する、シリアスゲーム的な文脈の商品にも位置づけられる。
ただし、本作には『脳トレ』『Wii Fit』が備えていた、重要な要素が抜け落ちている。それが「脳年齢」「体重」といった、プレイヤーの状態を一言で表すパラメータだ。本作でも過去の累積した運動が一覧表示される機能はあるが、その結果自分がどういう状態になったか、一目でわかりにくいのだ。これを補うために本作には、新たに物語要素や、主人公の状態を視覚的に示す「レベル」という数値が加えられている。
もっとも本作のストーリーは、それほど斬新なものではないし、先が気になる内容でもない。それどころか、ストーリー要素にこだわると、本作のコンセプトと矛盾しかねない恐れも出てくる。物語の先を知ろうと、ゲームに熱中するあまり、体を壊してしまう恐れがあるからだ。これでは本末転倒になってしまう。その一方で、ある程度先が気になる内容でなければ、毎日遊んでもらうことは難しい。そのためにはソーシャルゲームに近い体験デザインが必要になる。
任天堂公式サイトより
実際、本作にはプレイ時間や運動内容、アドベンチャーモードの進行度などがオンラインで比較できる機能も備わっている。これらはソーシャルゲームで定番のメカニクスだ。ただし、そのためには有料サービス「Nintendo Switch Online」への加入が求められる。また、オンライン上でできることは「記録を見る」だけで、互いに交流を促すメカニクスが存在するわけではない。本作を楽しんでもらうために何をすべきか……。この点について、開発陣も答えを示し切れていないようにも感じられる。
また、本作の普及を妨げる一因として、皮肉にも『Wii Fit』の存在が挙げられるかもしれない。ブームにのって『Wii Fit』を購入したものの、ダイエットに成功することなく、専用コントローラーの「バランスWiiボード」も埃をかぶってしまった……こういった家庭はないだろうか。本作のような専用コントローラーを用いたゲーム体験は注目を集めやすい反面、一過性のものにもなりやすい。任天堂は本作のリングコンやレッグバンドにおける、新たな使い道についても、あわせて提案していく必要があるだろう。
一方で本作では興味深い施策も行われている。無料アップデートによるコンテンツの提供だ。前述した「リズムゲーム」「ジョギング」は、ともに3月26日のアップデートで追加されたもので、これ以外に自分だけのフィットネスリストがつくれる「カスタム」機能の強化なども盛り込んだ。10月の発売後、約5カ月が経過しての無料アップデートは珍しく、今後の展開も期待できる。品薄状態が次第に解消されていく過程で、こうした施策が呼び水となり、さらなる売上増加につながることが期待される。
リングフィット アドベンチャー [Nintendo Direct mini 2020.3.26]
冒頭で示したとおり、本作の国内売上は毎週1万本ペースで伸びている。ヒットの目安とされる100万本まで30カ月かかる計算だ。もっとも、そこには新型コロナウイルスの感染拡大による、中国での生産・流通体制の混乱という外的要因が大きい。一方で感染拡大によって需要が拡大した点もあり、関係者にとっては痛し痒しだろう。感染の影響が中長期にわたることが懸念されるなか、本作においても商品寿命を長く保つ施策を期待したい。
(脚注)
*1
株式会社マーケティングコンセプトハウス「梅澤伸嘉の理論と手法 未充足ニーズ理論」
http://www.e-mch.jp/theory/needs.html
*2
元もじぴったんプロデューサーの生の知恵ブログ「ヒット商品を生み出すための手法、あります。」(2011年5月2日)
http://pdblog.play-app-lab.com/?p=225
*3
電撃オンライン「【週間ソフト販売ランキング TOP50】『リングフィット アドベンチャー』が6.7万本(10月14日~20日)」(2019年10月24日)
https://dengekionline.com/articles/15870/
※以下、週間販売本数は同サイトの内容を参考にした。
*4
任天堂公式サイト「新型コロナウイルス感染症による、Nintendo Switchなどの生産および出荷への影響について(お詫び)」(2020年2月6日)
https://www.nintendo.co.jp/support/information/2020/0206_01.html
*5
WIRED「任天堂の「リングフィット アドベンチャー」が世界的な品薄、その理由は新型コロナウイルスにあり」(2020年3月12日)
https://wired.jp/2020/03/12/ring-fit-shortage-coronavirus-covid-19/
*6
VGChartz “Ring Fit Adventure (NS)”
https://www.vgchartz.com/game/225646/ring-fit-adventure/
※URLは2020年4月20日にリンクを確認済み
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