ゲームは現実世界の抽象化と誇張化の産物だ。その一方で近年、両者の関係性をゆるがすような出来事が、良い意味でも悪い意味でも起きている。ゲームと現実の関係性を整理するうえで、改めてゲーム・リテラシー教育の重要性が問われている。
『Plague Inc: Evolved』(PC版)
ゲームにジャーナリズムの視点を持ちこむNewsgame
拙稿「ヴィデオ・ゲームは現実世界に何を与え得るのか……「イン・ア・ゲームスケープ ヴィデオ・ゲームの風景、リアリティ、物語、自我」展覧会レポート」で論じたように、ゲーム制作には、良くも悪くも社会批評性がつきまとう。ゲームデザインとは「現実世界を抽象化・誇張化する行為」だからだ。
ポイントはつくり手の意図とは関係なく、プレイヤー側がゲームを遊びながら批評性を感じ取ってしまうことだ。マンガ『神のみぞ知るセカイ』(2008〜2014年)の主人公、桂木桂馬が口にする「現実(リアル)なんてクソゲーだ!!」という台詞は、そのことを象徴している。ゲームデザイナーはゲーム制作を通して現実の理不尽さを指摘したいわけではない。にもかかわらず、一部のゲーマーはゲームを遊んで、現実と重ね合わせてしまいたくなるのだ。
一方でゲーム開発側からも、ゲームの持つ社会批評性を活用する試みが始まっている。Newsgameと呼ばれるジャンルで、ジャーナリズムの原理を取り入れたコンピュータゲームだ。対テロ戦争における民間人死傷者をテーマとした『September 12th: A Toy World』(2010年)は、その先駆けだとされる。
ゲームの目的は街中に潜むテロリストを見つけ出し、ミサイルで殲滅することだ。しかし、攻撃すると周囲の民間人が爆風に巻き込まれ、死亡してしまう。それを見た周囲の民間人がテロリストに変化するため、ゲームは半永久的に続く。このように本作はゲームプレイを通して、事態は暴力では解決できないことを主張している。アメリカの対イラク政策をゲームで批評しているのだ。
『September 12th: A Toy World』(PC版)
ゲームの受け取り方はプレイヤーによって左右される
このようにNewsgameは通常、つくり手側の「ゲームを通して、テーマに関する議論を活性化させたい」という意図のもとに制作される。もっとも、ゲームを遊んで何を感じるかは、プレイヤーのコンテキストに左右される。そのためゲームを遊んで現実を批評したくなるプレイヤーがいるように、あらゆるゲームはNewsgameとして消費される可能性がある。このことを意識させる秀作が近年、増加傾向にある。
新聞社の編集長となって記事を選択し、世論を誘導していくアドベンチャーゲーム『Headliner:NoviNews』(2018年)は好例だ。ゲームの舞台は架空国家ノヴィスタン。プレイヤーはこの国で唯一の新聞「ノヴィニュース」の編集長となり、翌日の紙面を飾る記事を選択していく。選択の結果は世論の形成に大きな影響を与え、同僚や近隣社会、そして家族の未来が左右されていく。
『Headliner:NoviNews』(Nintendo Switch版)
ゲームのコンセプトはマスメディアが社会に対して与える影響力を、プレイヤーに遊びながら理解してもらうことだ。ノヴィスタンは国民皆保険の制度導入や、周辺諸国との治安問題などで社会が揺れている。そのためプレイヤーの選択は時として、予想を超えた波紋をもたらす。国民皆保険の導入を支持する記事を採用したことで、医療費の増大と質の低下につながり、社会の幸福度が低下してしまう……などだ。
もちろん、現実の社会はこれほど単純ではない。しかし、ゲームデザイナーによって複雑な事象が整理され、順序よく提供されるからこそ、ゲームはエンターテインメントになり得る。つまり現実を抽象化し、誇張化しているわけだ。実際、移民問題やポピュリズムの広がりで社会が不安定化するなか、本作の存在感は群を抜いている。まさにNewsgameに位置づけられるタイトルだろう。
もっとも現実を抽象化し、誇張化する行為はゲームの専売特許ではない。あらゆるフィクションはその性質を備えており、マンガはその好例だ。そして政治マンガのように、社会風刺を意図して描かれるものがある一方で、つくり手の意図を超えて炎上することもある。付け加えれば、最初から話題を集めることを目的につくられるゲームもある。いわゆる「不謹慎ゲーム」と呼ばれるジャンルだ。
『Ghone is gone』(PC版)
ここで重要な点は、「不謹慎さ」と「社会風刺」が紙一重であり、受け手の解釈にゆだねられることだ。日産自動車元会長で保釈中のカルロス・ゴーン被告の脱出劇をパロディ化したゲーム『Ghone is gone』(2020年)は、この点を改めて突きつけた。「元ニッソンCEOロスカル・ゴンとなり、警察などの敵の目をくぐり抜け、楽器箱に身を隠しながら、ノンレバ国に脱出する」ステルスゲームだ。
はたして、これは時事ネタに便乗しただけの不謹慎ゲームなのだろうか。それとも大作化し、小回りが効かなくなったゲーム業界に対する批評なのだろうか。ゲームが微妙に遊びにくい点も、あえて狙って調整しているように感じられる。つくり手から何のコメントも出されていない以上、我々は本作の意図を推測するしかない。こうした波紋を投げかけることが、本作の意図のようにも感じられるのだ。
台湾でつくられたインディゲームがもたらした波紋
もっとも、現実とゲームが区別されているうちは、問題ない。しかし、両者の境界線が曖昧になると、話は変わってくる。現実がゲームの苗床になるように、ゲームの存在が良くも悪くも、現実に影響を及ぼす……そうした事態が増加している。前述したNewsgameは「正の影響」だといえるだろう。シリアスゲームやゲーミフィケーションなども同様で、次第に市民権を得つつある。
その一方で「負の影響」の代表が炎上だ。「たかがゲーム」と割り切ることができず、社会問題化してしまうのだ。なかには回収や廃盤につながることもある。台湾のインディゲーム開発者によるモダンホラー『環願 DEVOTION』(2019年)が引き起こした問題は、そのなかでも最たるものだろう。中国のゲーム許認可問題を巻き込み、世界のゲームビジネスに影響を及ぼしたからだ。
『環願 DEVOTION』(PC版)
本作は1980年代の台湾における集合住宅を舞台にした3Dホラーアドベンチャーで、Steam(註)でリリースされるや否や、高い評価を得た。しかし、ある部屋に張られた道教の符籙(符呪)に不適切な表現があることがわかり、評価が一変した。「習近平くまのプーさん(習近平小熊維尼)」を意味する赤い印があり、符呪の周りの文字が「你媽白痴(お前の母ちゃんは馬鹿)」のアナグラムになっていたのだ。
本作の開発陣は「制作中のデータのまま、誤ってリリースされた」と釈明し、すぐに訂正版をリリースした。しかし、中国ユーザーによる激しい批判をあび、全世界で配信停止に追い込まれた。中国と台湾の複雑な関係を逆なでする行為に(少なくとも中国ユーザーには)感じられたからだ。本稿執筆時(2020年3月17日)も事態は変わらず、本作はこのまま廃盤になる可能性が高い。
もっとも、本件は世界のゲームビジネスにも影響を及ぼした。本件に乗じて中国政府がゲームの規制を強める動きが進んだからだ。
中国でゲームを販売するには政府の許可が必要だが、Steamでは成人向けゲームなどをのぞけば、こうした規制が存在しない。そのため、多くの外国企業がSteamで中国市場向けにゲームを販売している。今や中国のゲーム市場はアメリカを抜き、世界最大の市場規模にまで成長した。中国でゲームが販売できるか否かは、多くの企業にとって重要な問題だ。
その一方で2019年8月には中国版Steam「蒸気平台」が登場し、既存のSteamと二本立てでサービスが行われる旨が発表された。また、これに先立ち中国最大手のテンセントが独自のPCゲームストア「WeGame」の展開を始めるなど、状況は不透明だ。当然ながら、これらのストアは中国政府の影響下にあると考えられる。Steamの今後は不明だが、中国政府によるアクセス制限が強化される可能性も否定できない。
新型コロナウイルスの影響でゲームが削除
実際、中国のゲームビジネスは政府の胸先三寸で事態が変わる。伝染病を蔓延させて人類を絶滅させるゲーム『Plague Inc.』がそれだ。2012年にスマートフォン向けにリリースされ、全世界で1億3000万人がプレイするなど、異例のヒットとなった。新型コロナウイルスの感染拡大で人気が再燃し、中国をはじめ、各国のアプリストアで売上1位を記録するまでになった。
一方で2020年2月27日に突如、中国のApp Storeから「違法なコンテンツが含まれている」として削除されたのだ。3月2日にはSteamの販売ページも中国では非公開となった。具体的な理由は明らかにされておらず、販売元のNdemic Creationsでは「本作はプレイヤーが深刻な公衆衛生問題について考え、学ぶことを奨励する、知的で洗練されたシミュレーションである」と異例の声明を出している。
実際に本作(『Plague Inc.』と、改良版でPC向けの『Plague Inc: Evolved』)をプレイすると、人類を絶滅させるという目的とは裏腹に、パンデミックの仕組みが遊びながら学べる、高い教育効果を有していることがわかる。公衆衛生に関するさまざまな知見や情報が満載されており、米疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)がそのクオリティにお墨付きを与えたほどだ。
その一方で本作にはゲームならではの大きな嘘も含まれている。伝染病が短期間で自己成長を繰り返し、環境に適応していく点だ。つまり現実を抽象化するだけでなく、誇張しているのだ。だからこそ本作はエンターテインメントとして優れており、公衆衛生について学ぶためのよいきっかけになり得るのだ。中国での販売禁止は、こうした視点が考慮されているのかどうか、大いに疑問がある。
ゲーム・リテラシー教育の必要性
『Rebel Inc: Escalation』(PC版)
抽象化と誇張化は同社の新作ゲーム『Rebel Inc: Escalation』(2019年)でも健在だ。戦争で荒廃した国を安定させる地域紛争解決ゲームで、アフガニスタン紛争をモチーフとしている。内政とゲリラ掃討をバランスよく進めるのがコツで、戦闘は支配地域を互いに取り合う、ボードゲーム的な内容に留まっている。これにより1プレイが20分程度とテンポよく進められるなど、エンターテインメント性が高まっている。
もっとも、これらのゲームをどのように受け止めるかは、繰り返しになるがプレイヤーのコンテキストに依存する。どのようなゲームであっても、そこから何らかの学びを得ることは可能だし、批判することも可能だ。そこで求められるのはゲームの特性について学び、正しくゲームと付き合うための方法論を学ぶ「ゲーム・リテラシー教育」の推進だろう。
特に近年ではゲームエンジンの普及をはじめ、ゲーム開発に必要なコストがどんどん下がっている。今やクオリティさえ問わなければ、誰もがゲームをつくって世界中に配信できる時代だ。これにより『Ghone is gone』のような時事ネタをテーマとしたゲームは、今後も急速に増加していくことが見込まれる。全世界で進むSTEAM教育や、プログラミング教育も、こうした傾向に拍車をかけると思われる。
学生をモグラ叩きゲームのモグラに見立てて、留学生だけを叩くゲームや、ひよこの性別を判定する流れ作業に見立てて、新卒採用で学生の性別を選別するゲーム……不謹慎ゲームと受け止める人もいれば、社会批評だと捉える人もいるだろう。クリエイターとしての倫理もさることながら、そうしたゲームを社会が正しく受け止め、きちんと作品を批判・批評できるように、社会の側が成熟を深めていくことも、また必要だ。
ゲームは現実の抽象化と誇張化の産物であり、ゲームのなかには社会を批評する力を持つものもある。しかし、その力を正しく使うためには、幅広いゲーム・リテラシー教育が必要である。すべての人々がゲームの遊び手だけでなく、つくり手側になる可能性がある今、このことはより大きな意味合いを持つことになるだろう。近年のゲームを巡る風潮は、そのことを示している。
(脚注)
Steamとは、アメリカのValve Corporationが運営する、世界最大級のPCゲーム向けデジタル流通プラットフォームのこと。
※URLは2020年4月28日にリンクを確認済み