日本の多くの地域で喫緊の課題となっている地域再生や活性化に、マンガの持つ訴求力を生かそうと取り組んでいる地域がある。一過性のブームに終わらせず、持続的なものへと繋げるべく工夫を続ける「マンガによる地域おこし」の各地の取り組みを連載で紹介していく。
鳥取県にある水木しげるロードの鬼太郎ブロンズ像。同ロードは2018年7月にリニューアルされ、歩道の拡幅に加え、夜間に妖怪影絵の映写なども行われるようになった
©水木プロダクション
日本全国に数多あるマンガミュージアム
マンガをテーマとした日本初の美術館として1995年10月、秋田県横手市に開館した横手市増田まんが美術館が、2019年5月にリニューアルオープンした。目玉は国内では最大となる55万枚を超える原画(註)と、100人以上の国内外のマンガ家による複製原画、印刷物の収蔵だ。マンガの原稿は、近年海外流出を懸念する関係者も多く、横手市増田まんが美術館のリニューアルオープンはマンガファンの間でも大きなニュースになった。
この快挙の背景には、マンガミュージアムや記念館など、マンガ家ゆかりの土地で続けられてきた展覧会や作品保存などの取り組みがようやく実ってきたという側面もあるだろう。
1994年4月開館の宝塚市立手塚治虫記念館(兵庫県)や、2001年7月に宮城県石巻市に開館した石ノ森萬画館、2011年9月に神奈川県に開館した川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアムなどなど、全国にはマンガ・アニメ関連のミュージアムが大小あわせると90以上(2020年3月末現在)あるとされている。博物館機能を持った施設も2006年11月開館の京都国際マンガミュージアム(京都府京都市)をはじめ、2012年8月開館の北九州市漫画ミュージアム(福岡県)などがある。
ミュージアムなどの施設だけでない。自治体を挙げて幅広くマンガやアニメの情報発信に力を注いでいるところもある。今回は「まんが王国」を宣言している2つの県、四国の高知県「まんが王国・土佐」と山陰の鳥取県「まんが王国とっとり」を紹介したいと思う。
まんが王国・土佐
「まんが王国・土佐」で知られる太平洋に面した四国の高知県は「フクちゃん」シリーズ(1936~1971年)の横山隆一、『プーサン』(1950~1953、1965~1989年)の横山泰三兄弟をはじめ、「アンパンマン」シリーズ(1973年~)のやなせたかし、『土佐の一本釣り』(1975~1986年)の青柳裕介、『赤兵衛』(1972年~)の黒鉄ヒロシ、『ヘルプマン!』(2003~2014年)のくさか里樹、『ぼくんち』(1995~1998年)の西原理恵子、『甘い生活』(1990~2011年)の弓月光、『深夜食堂』(2006年~)の安倍夜郎など数多くのマンガ家を輩出したマンガ県として有名だ。
マンガ関連施設としては、1996年に県内香北町(現在の香美市)に香北町立やなせたかし記念館(現・香美市立やなせたかし記念館)、2002年には高知市文化プラザかるぽーと内に横山隆一記念まんが館が開館している。初めに断っておかなければならないのは、高知県の取り組みが、産業振興や観光開発とは離れた県民と地元メディアの自発的文化ムーブメントとして始まった、ということだ。
高知県がマンガ家を多く輩出したのは、昭和初期を代表する人気マンガ家・横山隆一と地元紙の高知新聞によるところが大きいのです。横山隆一はマンガを描くだけでなく〝漫画集団〟(前・新漫画派集団)などマンガ家同士をつなぐグループを作り、戦後は全国で合同展などを企画しています。高知市でも戦後まもない1946年にマンガ展を開いて多くの県民を集めました。高知新聞は1952年に「こども高知新聞」を創刊しましたが、初代編集長の青山茂は横山と旧制中学の同級生、マンガにも理解がありマンガに紙面をさいて地元にマンガ文化を根付かせ、地元のマンガ家を育てました。これが、高知から多くのマンガ家が誕生する土壌となり、1992年に始まった全国高等学校漫画選手権大会(通称・まんが甲子園)に繋がってくるのです。
こう語るのは、横山隆一記念まんが館館長の田所菜穂子氏だ。
県の記録に残るマンガイベントとして最も古いのは1978年に高知新聞などが主催した「高知マンガまつり」だという。「まんが王国」という言葉が使われるようになったのは1982年頃。その後、1988年に国民休暇県構想のイベントの一環として「高知まんがフェスティバル」が開催されたときに、当時の中内力知事が「まんが王国・土佐」を全国に先駆けて宣言し、これをきっかけに県も「まんが王国」を掲げた取り組みを進めていった。「まんが甲子園」もこの「高知まんがフェスティバル」をリニューアルするかたちでスタートしたものだった。
「第28回 全国高等学校漫画選手権大会 まんが甲子園」(2019年)ポスター
「まんが王国・土佐」をブランド化し、マンガを重要な文化資源として位置づけたコンテンツ産業振興により地域経済活性化と雇用の創出を図る取り組みは、2010年頃から活発になっている。高知県文化生活スポーツ部まんが王国土佐推進課によれば「大きなミッションは2つ。ひとつはマンガを通じた国内外への情報発信。もうひとつはマンガの道を目指す若者の支援と幅広い分野で活躍できる人材の育成」だという。
情報発信の中心になるのはイベントだ。毎年8月に開催される「まんが甲子園」は2018年にはおよそ150人の高校生が参加。第1回大会以来、県内の高校生およそ250人がスタッフとして運営に当たり、近年は海外からの参加も増えて、若者たちの国際交流の場にもなっている。
高校生がNo.1を競う文化系競技「○○甲子園」の先駆的な大会。全国、海外から33校・約150名の高校生が集い、チームでテーマに取り組み、マンガを共通項に言葉や文化の違いを超えて交流
また、毎年3月には著名なマンガ家を招いてファンとの交流を行う場として「全国漫画家大会議inまんが王国・土佐」を開催。同じく2018年に5,000人の参加者があり、両イベントを合わせると推計2億400万円の経済波及効果を上げている。「漫画家大会議」からは、インターネットを通じて個人が応募するマンガコンテスト「世界まんがセンバツ」も誕生して、昨年募集された第2回大会には19の国と地域から237の応募作が集まる盛況だった。
人材育成でも要になるのは「まんが甲子園」だ。2007年の第16回大会から、在京の大手出版社による出張編集部&スカウトシップ制度が始まり、第17回大会では柚木二雨と佐野愛莉、第20回大会では藤近小梅がデビューを果たした。
このほか、小中学校を巡回しての「まんが教室」や旧県立図書館跡の建物を活用した情報発信拠点「高知まんがBASE」での人材育成にも取り組んでいる。産業面では、マンガとは少し離れるが、ソーシャルゲーム産業に進出して、県内IT企業への支援や県外のIT企業誘致に力を入れて、2017年度時点では162名の雇用を創出したという。
県立公文書館の一部に、高知まんがBASEを設置。まんが甲子園コーナーや読書コーナー、ワークショップコーナーなどを構える
まんが王国とっとり
「まんが王国とっとり」としても有名な山陰の鳥取県もマンガ家を多数輩出している県だ。妖怪マンガの第一人者・水木しげるや『名探偵コナン』(1994年~)の青山剛昌、日本だけでなくヨーロッパでも高い評価を受ける谷口ジロー……。ほかに東映アニメ(現・東映アニメーション)『長靴をはいたネコ』(1969年)の作画監督などで知られるアニメ作家・森康二も鳥取県の出身だ。
鳥取県が「まんが王国とっとり」を宣言したのは2012年。きっかけになったのはこの年の秋に米子市で「食と海」をテーマに開催された「第13回国際マンガサミット」だった。ちなみに、国際マンガサミットはアジア諸国を中心に世界のマンガ家が参加して、表現の自由や著作権、マンガ市場の問題を話し合う国際イベント。第1回は「東アジアマンガサミット」として、1996年に東京都と福島県いわき市の2会場で開催された。この関連イベントとして県内各会場で開催されたのが「国際まんが博」。翌年には「まんが博・乙」を開催して建国を盛り上げた。
しかし、鳥取県内のマンガに対する取り組みはそれ以前から始まっていた。1993年には境港市が水木しげるロードの整備をスタート。1997年には大栄町(現・北栄町)で青山剛昌の『名探偵コナン』を地域振興に役立てる取り組みが始まっている。2003年に境港市に水木しげる記念館、2007年に北栄町に青山剛昌ふるさと館がそれぞれオープンすると県の取り組みも本格化。それが、国際マンガサミット誘致に繋がったわけだ。
青山剛昌ふるさと館の外観。『名探偵コナン』の作者である青山剛昌氏の作品の魅力を体感できる。入り口前広場ではビートルに乗った阿笠博士が来館者をにこやかに出迎える
©青山剛昌/小学館
鳥取県は古くから国際交流に力を入れており、特に東アジア地域との関連が深い。それも国際的なイベントを誘致する下地になったのだろう。そうした国際性を象徴するのが、建国以来開催している「国際マンガコンテスト」だ。毎回テーマを決めて一コマ・四コマ部門とストーリー部門にわけて作品を募集。選考会は日本国内で行われ、最優秀賞、優秀賞、審査員特別賞などが贈られる。応募は世界各国からで、第8回の最優秀賞はタイのSalma Intarapracha氏のストーリーマンガ「ガパオライス」だった。
国内外合わせて例年400点以上の応募があります。去年は多くなって500点。最初の頃はウクライナやウズベキスタン、ロシアなどからも応募がありましたが、最近の海外からの応募は東アジアの国が中心です。海外の応募者は地元でイラストレーターやデザイナーとして活躍している人やプロのマンガ家もいます。だから2次選考まで残る作品はとてもレベルが高いです。
こう語るのは、国際マンガコンテストの選考委員のひとりで1コマ漫画家の篠原ユキオ氏だ。
僕としては、受賞者にメジャーへの道を開くというよりは、鳥取のこのコンクールだからこそ選ばれるという、つくり手の思いやこだわりが前面に出た作品を応援したいと考えています。幸い8年を経てブランドとしても定着したという印象です。
「第9回 まんが王国とっとり 国際マンガコンテスト」(2020年)ポスター
これまでの「まんが王国とっとり」の取り組みとその成果について、県交流人口拡大本部観光交流局まんが王国官房の黒崎智治氏にうかがった。
具体的な数値化は難しいのですが、県が「まんが王国とっとり」として情報発信することで、各地域単位では困難な海外向けの観光PRなどもできるようになっています。県内の鳥取砂丘コナン空港と米子鬼太郎空港は海外からも人気が高く、インバウンドに貢献しています。とくに、コナン空港は飛行機の利用者以外の来場が多数で、もはやそれ自体が観光スポット化しています。また、各地域のコンテンツ事業にも県として支援をしており、倉吉市が音楽コンテンツ『ひなビタ♪』(2012年~)との連携で、アニメツーリズム協会の「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」に選定されたほか、アニメ「Free!」シリーズ(2013、2014、2018年)のロケ参考地として聖地巡礼が盛んになった岩美町では、町の観光客受け入れ態勢整備などにも協力しています。
こうした取り組みが呼び水となって、2014年には「ぐっすま」で知られるフィギュアメーカーのグッドスマイルカンパニーが倉吉市に国内初となる工場「楽月工場」を設置。それによって円形劇場くらよしフィギュアミュージアムが誕生するなどの効果も生まれているという。
まんが王国の外交とコロナ禍
2つのまんが王国には「国交」もあり、マンガ外交も盛んだ。2013年3月には両王国間に「まんが王国友好通商条約」を締結。マンガファンの聖地・秋葉原で2016年まで合計4回の合同イベントを催すなどしている。また、高知県のまんが甲子園には鳥取県ブースを出展するほか、鳥取県高等学校文化連盟の研修会に高知からマンガ家の講師を派遣するといった交流も続いている。このほかにもマンガと縁の深い岩手県や新潟県、熊本県などと両まんが王国とのマンガ外交も行われているそうだ。
ただ、高知も鳥取も心配されるのは今回の新型コロナウイルス感染拡大による影響だ。観光もイベントも感染拡大から自粛または中止を余儀なくされているからだ。こんな時にウェブを活用できるのもマンガのいいところ。なんとか、マンガのチカラでコロナ禍を乗り切って、両王国の発展につなげてくれることを願いたい。
(脚注)
横手市増田まんが美術館ウェブサイト(https://manga-museum.com/)「当館について」にある「40万枚以上」という記述に加えて、下記のニュースにある「原画15万点」を加えた。
秋田魁新報 電子版「ゴルゴも20世紀少年も!原画15万点収蔵」(2020年6月27日)
https://www.sakigake.jp/news/article/20200627AK0001/
※この記事は新型コロナウイルス感染症対策のために、電子メールや電話を使ったリモート取材で執筆しました。
※URLは2020年9月15日にリンクを確認済み
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