日本各地でマンガやアニメを核にした地域おこしが行われている。前回では「まんが王国」宣言をした高知県、鳥取県の事例を紹介したが、今回紹介するのは、独創的なプロジェクトを推進している自治体と特定非営利活動法人(NPO)だ。舞台は東北の岩手県と九州の熊本県――遠く離れた2県だが、共通点となるのは、どちらも大きな自然被害に見舞われて復興途上であることだ。岩手県は2011年の東日本大震災で、熊本県は2016年の熊本地震でそれぞれ大きな被害を受けた。そのなかでマンガやアニメの力を復興と地域の再生に役立てている取り組みには、励まされる点や学ぶべき点が多い。

『コミックいわて』第1号~第8号

岩手県「いわてマンガプロジェクト」

岩手県には、『伝染るんです。』(1989~1994年)の吉田戦車(奥州市出身)や『ドラゴン桜』(2003~2007年)の三田紀房(北上市出身)、『ときめきトゥナイト』(1982~1994年)の池野恋(花巻市出身)など、ジャンル多彩な数多くの地元ゆかりのマンガ家がいる。2009年には県下の石神の丘美術館萬鉄五郎記念美術館でマンガをテーマにした展覧会「マンガ百花繚乱―いわての漫画家50の表現―」を開催。県内外から多くの観覧者を集めた。

この成功がきっかけとなって、県が進める地域振興プロジェクト「いわて県民計画」の6つの構想のうちのひとつ「ソフトパワーいわて構想」の主要施策として立ち上がったのが「いわてマンガプロジェクト」だ。マンガを活用して岩手の文化やくらし、景観、おもてなしの心などのソフトパワーを掘り起こし、その魅力を内外に発信しようという総合的取り組みで、2019年度からは「いわて県民計画(2019~2028)」の具体的推進方策に位置づけられている。

その中心になるのが2011年1月に第1号が発行された岩手県ゆかりのマンガ家によるオムニバスコミック『コミックいわて』である。県内を岩手日報が、県外を書籍流通のトーハンの関連会社・メディアパルが担当して、全国で販売(註1)。現在まで、2013年を除き毎年1冊のペースで発行が続けられている。

『コミックいわてQ』(『コミックいわて』第9号、2020年)表紙

これに加えて、109作品(2020年3月31日現在)を公開中の本格的マンガ配信サイト「コミックいわてWEB」(2019年度のページビュー531,616/ユニークアクセス66,732)での定期的なマンガ配信により、岩手県の魅力を多くの読者に届ける活動を行っている。

「コミックいわてWEB」より

また、マンガ文化の振興とマンガを活用した岩手県の魅力発信を目的として、さまざまな視点から岩手を捉え、題材とする未投稿のマンガ作品を全国に募集する「いわてマンガ大賞」の開催や、観光キャンペーンや県の施策のPRへのマンガの活用などの施策を展開する。「いわてマンガ大賞」からは、東野柚子(第3回大賞。受賞時は「空木由子」名義)や大野将磨(第4回優秀賞。第95回週刊少年マガジン新人漫画賞入選。「少年ジャンプGIGA 2020 SPRING」掲載の読切作品『リモデリング』ほか)などプロデビューしたマンガ家もおり、2020年度からは、「コミックいわてWEB」に「いわてマンガ大賞」投稿フォームを設置。デジタル原稿でも投稿が可能になるなど、より広く作品を募る工夫も続けている。これらの活動はSNSや毎年4月に千葉県の幕張メッセで開催される「ニコニコ超会議」(2020年は4月と8月にネットで開催)の岩手県ブースなどで広くPRされている。

「第10回 いわてマンガ大賞」ポスター

さらに、2016年度にはマンガやイラスト等の企画、制作、広報等の活動を通じて、岩手県の魅力発信や文化芸術振興、東日本大震災津波からの復興等に貢献した個人、団体、作品に対して贈る「マンガ郷いわて特別賞」を新たに創設。2016年度は松本零士氏、2017年度はさいとう・たかを氏、2018年度は萩尾望都氏、2019年度は弘兼憲史氏にそれぞれ賞が贈られている。

マンガに関した地方自治体のプロジェクトとしては非常にうまくいっているケースと言えるが、ここまでの流れは決して平坦なものではなかった。『コミックいわて』第1号が発行されておよそ1カ月半後の2011年3月11日14時46分、宮城県牝鹿半島の東南東沖130kmを震源とするモーメントマグニチュード9.0の地震が発生。被害は東北から関東の広い範囲に及び、死者行方不明者1万8,000人以上、建築物の全半壊40万4,000以上という未曾有の大災害・東日本大震災である。おりしも岩手日報社県庁では外部有識者や委託業者が一堂に会する『コミックいわて』編集委員会の真っ最中であった。

地震のために岩手県でも大船渡市、釜石市、滝沢村(現滝沢市)、矢巾町、花巻市、一関市、奥州市、藤沢町(現一関市)で震度6弱を記録。多くの市町村で震度5を記録した。太平洋岸は最大18.3mの津波にのみ込まれ、58㎢が浸水被害を受けた。さらに、津波による火災や山林火災が襲った。

県を挙げて震災対応に取り組むために、第2号発行に向けた作業はすべて休止。また、3月18日には『コミックいわて』3刷1万部の売上の一部を義捐金に当てることも発表された。

このピンチのなかで、『コミックいわて』が継続された理由を県文化スポーツ部文化振興課でうかがった。

地元だけでなく全国のマンガ家のみなさんからさまざまな形でご支援いただいたことが大きかったと思います。5月にしりあがり寿さんを発起人に市川ラクさん、寺田克也さん、三宅乱丈さん、安田弘之さん、安永知澄さん、吉田戦車さんたちが「岩手漫画家応援ツアー」を企画。3日間かけて釜石市立釜石東中学校でのマンガ体験授業、箱崎半島での瓦礫撤去ボランティア、盛岡MOSS前広場でのチャリティサイン会をやっていただきました。これはその後も毎年続く支援活動になっています(註2)。また、14人のマンガ家さんによる「被災地応援漫画ポスター」や、日本折紙ヒコーキ協会と29人のマンガ家さんのコラボによる「元気が出る絵with紙飛行機プロジェクト」、サイン会やマンガの寄贈などさまざまな形で被災者や県民を励ましていただきました。これら支援活動を通してマンガの力を目の当たりにしたことで、県としても『コミックいわて』を継続し、「いわてマンガプロジェクト」を推進することが、復興につながっていくと考えるようになったのです。

2012年3月30日発行の『コミックいわて2』では、マンガ家による被災地支援活動を紹介したほか、マンガ家からの応援イラストを巻末に収録。その後も東日本大震災をテーマにしたマンガの掲載を続けている。

「コミックいわてWEB」に設けた感想フォームには「いつも岩手県を応援してくれてありがとう」という地元読者からの声や「東日本大震災のことを思い出した」、「食べて応援したい」、「涙が止まらない」といった全国からの声が寄せられている。

また、県は2016年から「コミックいわてWEB」で、英語、フランス語、中国語に翻訳した作品の掲載もスタート。地元の盛岡情報ビジネス&デザイン専門学校とフランスのマンガ専門学校・ユーラジアム校との交流事業を行うなどマンガを通じた国際交流にも力を入れている。

2021年3月発行予定の『コミックいわて』第10号について、県文化スポーツ部文化振興課の担当者は次のように語る。

東日本大震災から10年、延期開催予定の東京オリンピック・パラリンピック、新型コロナウイルスの感染状況などのトピックスをテーマにしながら、岩手県の自然、風土、県民性を織り交ぜ、岩手県の魅力を県内外、国内外に向けてより強く発信できるツールとして多くの人に読んでもらえるようにしたいと考えています。

熊本県「特定非営利活動法人熊本マンガミュージアムプロジェクト」

熊本県の取り組みは、特定非営利活動法人を軸とした民間ベースで県内各自治体や地元新聞などを巻き込んでいくという新しいスタイルだ。数多くのマンガ家、原作者、マンガ評論家、編集者を生んだ熊本の魅力を、あまりお金をかけず全国に発信して、地元の力で地域の活性化を図るユニークな活動である。

『ONE PIECE』(1997年~)の尾田栄一郎(熊本市出身)、コミックマーケット元代表の故・米沢嘉博(熊本市出身)らを生んだ熊本県は、高知や鳥取に負けないマンガ大国だ。マンガの図書館も、1992年にオープンした球磨郡湯前町の湯前まんが美術館-那須良輔記念館- 、2003年オープンの菊陽町図書館の少女雑誌の部屋、2017年オープンの合志マンガミュージアムとそれぞれに特色のある3施設がある。これらのミュージアムを繋ぎ、さらに廃校になった小学校や市町村合併で不要になった公共施設、民間の空家などをマンガミュージアムとして活用しながら、熊本県そのものをマンガミュージアムにしようというのが、熊本マンガミュージアムプロジェクト(略称:クママン)の目標だ。

クママン紹介のためのチラシ

この旗振り役になっているのが、プロジェクトの代表・橋本博氏である。プロジェクトの始動は、2009年にさかのぼる。11月14日に熊本大学で開催された「日本マンガ学会・九州マンガ交流部会」で、当時古書店「キララ文庫」店主だった橋本さんが「理想のマンガアーカイブス」というテーマで発表。この後、2010年3月には「日本マンガ学会・九州マンガ交流部会・熊本エリア会議」が開催され、「理想のマンガアーカイブス」づくりに向けた検討が始まり、翌2011年10月18に「特定非営利活動法人熊本マンガミュージアムプロジェクト」が設立された。

このとき決定されたプロジェクトの目的は次のとおり。
・マンガを素材として熊本の魅力を引き出し、地域振興に活用するためマンガ関連イベントの企画や施設運営のコンサルティングなどを行い、その中核施設としての熊本マンガミュージアム建設を目指す。
・マンガに関するあらゆるものを収集し、整理して保存し、必要に応じて閲覧に供する場を設立する。

そして期待できる事業の効果として次の4つを揚げた。
①貴重なマンガ原本、資料群の保護
②マンガ関連休眠資源の開発と発信
③企画運営、情報活用での雇用創出
④コンテンツ産業誘致への機会整備

プロジェクトはマンガ展やマンガ家の講演会などで存在をアピールする一方、既存の県内の2つのマンガ施設である湯前まんが美術館と菊陽町図書館に呼びかけ取り組みを本格化させた。全国にマンガ雑誌や単行本の寄贈を呼びかけ、集まったマンガはクママンが市内に借りた「森野倉庫」で整理・分類を行うことになった。

設立総会で私が「熊本マンガミュージアム建設を目指す」とぶち上げたものだから勘違いされている部分もあるかもしれません。クママンがやろうとしているのは、ミュージアムの建設を国や県にお願いすることではなくて、熊本県を日本一のマンガ集積地にすることなんです。現在プロジェクトが借りている倉庫には全国から膨大な数のマンガが送られています。これらのマンガ雑誌や単行本を利用して、県内に違ったスタイルのマンガ図書館をいくつもつくり、それぞれをサテライトとして機能させれば、熊本を100万冊のマンガが集まる大集積地にできるはずです。小さくても個性的なマンガ図書館やミュージアムが県下にいくつもあって、熊本に行けばどんな珍しいマンガでも読むことができる。熊本に行けば各地にマンガに関するおもしろいイベントがある。そんな熊本県にしたいのです。

こう橋本氏は語る。マンガの集積地をつくるというアイデアがユニークだ。

2011年にはクママンと湯前まんが美術館が協力して「マンガクッキングIN湯前」を開催。人気料理マンガ『クッキングパパ』(1985年~)の作者・うえやまとち氏を湯前に招き、サイン会や作中に出てくる料理の講習会と試食会、トークベントを行ったほか、「コミックモーニング」連載中の『クッキングパパ』に湯前町を取り上げてもらった。これをきっかけに湯前町は一気に全国にその名が知られるようになり、「マンガでのまちおこしに成功した自治体」のひとつとして認識される存在となった。

2012年7月から9月には熊本近代文学館(現くまもと文学・歴史館)が主催し、クママンが全面協力して夏休み期間中の企画展「漫画王国熊本 マンガミュージアム展」を開催。この頃から、マンガの魅力・熊本の魅力が、あちこちで発信されるようになった。

「漫画王国熊本 マンガミュージアム展」チラシ

そんな矢先の2016年4月14日21時26分から熊本県と大分県で相次いで震度6を超える地震が発生した。気象庁の震度階級では最も大きい震度7を観測する地震が14日夜と16日未明に熊本県で発生したほか、最大震度が6強の地震が2回、6弱の地震が3回も発生。熊本県下では地震による死者50人、6月の豪雨による山崩れなど地震関連被害をあわせると273人の死者を出した。熊本市内でも地震で4人が死亡。熊本城の屋根瓦が崩落し、鯱も落下、石垣の一部が崩落、建物の柱なども破損した。

「熊本地震では受け入れたマンガを収蔵していた倉庫のラックが倒壊するなどの被害が出ました。ボランティアのおかげでなんとか復旧でき、整理・分類作業を継続しています」と淡々と語る橋本さんには「肥後もっこす」という言葉がふさわしい。

そんな橋本さんたちを喜ばせたのは、熊本市に隣接する人口6万人の合志市がプロジェクトに賛同して、マンガミュージアムをつくる約束したことだ。合志マンガミュージアムは、熊本電鉄・御代志駅から歩いて10分ちょっとの市役所などがある中心ゾーンの一角、もともとは郷土資料館として使われていた建物をリニューアルして2017年7月22日に開館した。

合志市は館長を橋本さんに委嘱。橋本さんは特定非営利活動法人熊本マンガミュージアムプロジェクトの代表と兼任で館長を務めることになった。

収蔵されているマンガの数はおよそ4万冊。館内には1960年代から現在まで、年代別に1万5,000冊のマンガを並べた書架と展示コーナーがあり、真ん中にはキューブと呼ばれる木製箱が置かれ、利用者はこの箱の中で寝そべったり、座ったりして自由にマンガを読むことができる。展示コーナーではテーマを決めた特集が行われていて、マンガに関わるさまざまなイベントも企画されている。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で緊急事態宣言が出された直後は閉館を余儀なくされたが、利用者からの要望で6月から普段は行なっていないマンガの貸し出しを実施。人気マンガの貸し出しは順番待ちの状態だったという。

クママンの取り組みも続いている。2020年9月には森野倉庫の収蔵スペースが圧迫され始めたことから、重複しているマンガの譲渡会を熊本日日新聞社との共催で実施。会場に集まったマンガファンで、用意したマンガは開始1時間もしないうちにソールドアウトした。売り上げは全額、2020年7月に熊本県人吉市を襲った豪雨災害の義捐金になった。

マンガの可能性はまだまだ無限だ。アイデアとやる気さえあれば、マンガはきっと地域を活性化することができる。そんなことを感じさせてくれた。


(脚注)
*1
第3号からは委託先が東京のマンガ専門の編集プロダクション株式会社銀杏社へ変更となった。

*2
2020年度は新型コロナウイルス感染症の影響により開催中止。

※この記事は新型コロナウイルス感染症対策のために、電子メールや電話を使ったリモート取材で執筆しました。

※URLは2020年10月27日にリンクを確認済み