2010年代以降、「美少女」や「日常」といったくくりで語られることも多いアニメーション制作において、高い支持を得てきたアニメーション制作会社・動画工房。日本のアニメーション黎明期より活躍した古沢日出夫の思想を受け継ぎながら、常に手描きアニメーションでしかできない「動き」の表現を追求してきた同社の10年を振り返るとともに、それらの制作が同社の次なる挑戦の布石と目される『イエスタデイをうたって』のいかなる礎になったのかを探る。

『イエスタデイをうたって』公式サイトより

受け継がれる動画工房のDNA

株式会社動画工房は、古くから多くのアニメファンに支持されてきた制作会社のひとつである。戦前よりアニメーターとして活躍してきた古沢日出夫(1920〜1991年)や、アニメーター・演出家の石黒育が中心となり、1973年に設立された。

古沢は戦前、徴兵されるまでの短い期間、芦⽥漫画映画製作所にアニメーターとして勤務していたことがわかっている(註1)。終戦直後に設立された新日本動画社に参加したが、戦後の混乱期でアニメーション制作の需要もなく、『こがたタンクろう 五重塔のたたかい』(1955年)や『あばれ太閤記』(?~1958年)といったマンガ作品を描きながら、短編アニメーション映画を制作している。その後、東映動画(現・東映アニメーション)の劇場公開作品である『少年猿飛佐助』(1959年)『西遊記』(1960年)や『わんぱく王子の大蛇退治』(1963年)に原画で参加しており、戦後日本のアニメーションの黎明期を支えた功労者の一人と言っていいだろう。古沢は、1991年に世を去るまで、動画工房が制作に携わるアニメーションに、絵コンテや演出で携わり続けた。

いっぽうの石黒の仕事だが、最も有名なものは東映動画の『一休さん』(1975~1982年)だろう。同作全296話の全篇にわたり、総作画監修、作画監督、演出で携わっている。その後も2010年代に至るまで、アニメーター・演出家として活躍を続けており、現在は相談役に退いたものの、動画工房の理念の支柱となっている。

動画工房は、アニメーションに携わる後進の人材育成にも力を入れていることも特徴だ。大日本印刷株式会社のクリエイター育成サービス「FUN’S PROJECT」と連携し、3カ月でアニメーターの基礎を習得できるという育成プログラム「アニメータードリル」も開発している。これは動画工房が実際に使用している新人用カリキュラムをもとに、1日10分の講義と課題練習により、動画や原画に携わる人材を育成するドリル教材だ(註2)。アニメーターの遊佐かずしげによる解説のもと、基礎から演技、動作といった部分までをオンラインコンテンツとして映像を活用して学ぶことができる。

このようなツールの開発背景には、動画工房の理念が強く関わっている。同社のウェブサイトで相談役の石黒は、以下のようなメッセージを公開している。

動画工房は設立以来30年間、一貫して人材の育成に力を入れてきました。たくさんの弊社出身のクリエーターが劇場、テレビ作品のメインスタッフとして活躍していますし、今現在も社内に数多くのアニメーターが在籍しています。そして、その根底には古沢日出夫から受け継がれ、何年にも渡って培われてきた技術の継承と、ものづくりへの限りない情熱があるのです(註3)。

こうして長年にわたり、2人のベテランのもと東映動画やスタジオジブリによる作品を中心に、制作協力として多くのアニメーションに携わり、アニメーターや演出家を輩出してきた動画工房だが、2000年代半ばより 企画、製作からアニメーション制作までを行う元請に参入。2009年以降は年に2〜3本を超えるペースで1クール作品を中心としたテレビアニメの制作を手掛けるようになった。

特に2010年代に入ってからの動画工房は、「美少女」や「日常」といったキーワードで語られる作品を積極的に手掛けてきた。『ゆるゆり』(2011年)を皮切りに、『GJ部』(2013年)『未確認で進行形』(2014年)『干物妹!うまるちゃん』(2015年)『三者三葉』『NEW GAME!』(ともに2016年)『ガヴリールドロップアウト』(2017年)『うちのメイドがウザすぎる!』『アニマエール!』(ともに2018年)『私に天使が舞い降りた!』『世話やきキツネの仙狐さん』『ダンベル何キロ持てる?』(ともに2019年)『恋する小惑星』『放課後ていぼう日誌』(ともに2020年)と、いずれもマンガやライトノベルを原作に、多くの場合は登場人物のほとんどが女性キャラクターであり、また物語の筋の起伏よりも、日常のなかでのキャラクター同士の掛け合いを骨子とする作品が並ぶ。なかには2期、3期と数年をかけ継続して制作を担当したものも多く、その総数からも動画工房の制作作品の傾向は、多くの人に認知されることとなった。

しかしながら、これらの系統のアニメーション作品は、その内容故に、作画的には地味だと思われることも多い。派手なアクションシーンや、アニメーションならではの想像力を刺激される背景美術などが描かれることは少なく、私たちが日常で目にする町、学校、住宅などの慣れ親しんだ場所が舞台になり、女性キャラクターたちの会話劇を中心としたシーンが必然的に多くなるからだ。

これらの作品と、華々しく豊かな動きで子どもから大人まで楽しめる東映動画の冒険活劇に携わってきた古沢の思想との間には、一見すると連続性が見出しにくいかもしれない。しかし、これから見ていくように、そこには着実に受け継がれてきた制作姿勢がある。

「美少女」と「日常」におけるアニメーションの伝統

動画工房が元請け制作としてその名を広く知られるようになった作品に、『ゆるゆり』が挙げられる。なもりによるマンガを原作に、女子中学生4人の学生生活を描いた同作は、美少女キャラクターたちによる何気ないやり取りや、ちょっとした笑いを誘う行動を、表情や仕草から豊かに描き出すそのアニメーションで大きな支持を得ることとなる。

『ゆるゆり』1巻(一迅社、2009年)表紙

動画工房が『ゆるゆり』以降も、美少女たちの日常を中心としたライトノベルやマンガが原作のアニメを多く手掛けていくことは前述したとおりだが、この種の作品は、登場する美少女キャラクターの造形が作品を構成する重要な要素となるうえに、原作の販促という側面も持っている。したがって、原作のイメージどおりに、キャラクターたちの顔を崩さず表現できているのか、簡単に言うと「絵の綺麗さ」が視聴者からの評価においては重要な要素になってくる。動画工房は制作会社として、そうした視聴者の需要に応えることで、高い評価を得てきたことは間違いない。

しかしながら、そのような単なる「絵の綺麗さ」だけを求めるのであれば、できるかぎり絵が静止したカットを増やし、作画監督の負担を減らすことでも実現できるが、動画工房はその条件を十分に満たしつつも、絵が動くというアニメーションのおもしろさの追求も同時に続けてきた。例えば、ギャグシーンになったときのキャラクターの表情の砕け方や、一挙手一投足の動きづくりによるキャラクターの描き分けなど、アクションシーンのような派手な演出とはまた異なる動きづくりが、作中のいたるところで見られる。これは、動画工房が培ってきた、アニメーションを動かすことについての企業文化に当たるものだろう。

企業文化という表現を使ったが、京都アニメーションのような例外を除き、日本の多くのアニメーション制作会社は自社で原画や動画を担当するアニメーターを抱えてないことが多く、動画工房もまた同様だ。フリーランスや協力会社に所属するスタッフを、毎回の放送に合わせて編成することで制作を行っているので、多くのアニメーターは制作会社を横断しながら仕事を行うことになる。アニメーターのみならず監督、脚本、演出、背景、撮影といったスタッフもまた同様に、フリーランスが多くを占めている。しかるに、制作会社の特色は、社内で共有された制作に対する企業文化や、それに基づいてアニメーターを編成するプロデューサー、制作デスク、制作進行といった、スタッフを総合的にディレクションする職務に就く人々の志向によって決まるところが大きい。

動画工房によるアニメーションの動きへのこだわりは、多くの原画マンを発掘してきた。例えば、当時20代前半の若手アニメーターだった野中正幸は、『ゆるゆり』第11話で原画を担当した後、続編『ゆるゆり♪♪』(2012年)のオープニングや第1、6、11話の原画を担当。髪の毛や服の重量感のアニメーションが生み出す、キャラクターの躍動や仕草の豊かな表現は大いに注目されることになる。

他にも、奥居久明(げそいくお、ikuo)、関弘光、西井涼輔といった独創的な表現をする若手アニメーターが『ゆるゆり♪♪』『GJ部』『未確認で進行形』『三者三葉』といった作品で活躍しており、動画工房では新しい世代や、自主制作アニメーションで活躍するアニメーターを原画担当として採用し、何気ない日常の演出のなかでも、強く印象に残るアニメーションをつくり続けている。

近年でも、『うちのメイドがウザすぎる!』第6話「うちのメイドの昔のオンナ?」のスタッフクレジットなどを見ると、bk、ねこパンツ、たいぷはてな(小松勇輝)といったイラストや同人誌を活動の主軸とする作家がクレジットされており、非常ににぎやかだ(註4)。話中でも背景を大きく歪ませたり、極端にデフォルメされた動きをさせるなど、個性の光るカットが散見され、多彩な表現を個性豊かなスタッフによって実現しようとしている姿勢がうかがえる。「絵の綺麗さ」が求められる作風が多いなかでも、アニメーションの動きがつくり出す芝居のおもしろさを追求し続ける動画工房の企業としての基本姿勢は受け継がれていると言える。

新たな10年への指標
『イエスタデイをうたって』と『池袋ウエストゲートパーク』

女性キャラクターたちを主人公とした、日常が舞台となるアニメーションを制作することで、その名が知られてきた動画工房。しかし、2020年に放映された『イエスタデイをうたって』は、また異なるアプローチによる制作作品だ。

『イエスタデイをうたって』は、冬目景の同名マンガを原作とした作品。10代後半から20代前半の男女が、社会に出て将来に悩みながらも、お互いの気持ちや関係性に気がついていくという恋愛模様を描いた作品であり、これまで動画工房が多く手掛けてきた作品とは、テイストが大きく異なるものとなる。

しかしながら、同作を見ればこれまで動画工房が培ってきた演出が遺憾なく発揮されていることがよくわかる。『イエスタデイをうたって』の監督・シリーズ構成・脚本を務めた藤原佳幸は、これまでに『GJ部』『未確認で進行形』『NEWGAME!』といった、「美少女」「日常」というキーワードでくくられるような動画工房制作作品でも監督を努めてきた。藤原は、原作者の冬目景との対談のなかで、『イエスタデイをうたって』における作画の方向性について、以下のように述べている。

キャラクターの内面を表現するときには、この子の感情は今どこに表出しているんだろうか、というところにこだわっていきました。僕の場合、ちょっとした身体の仕草で顕していくことが多いですね。握手ひとつをとっても、場面場面でいろいろな意味を内包してくる作品なので、そこに込められている想いをしっかり描き出していかなくては、と(註5)。

これは確かに、複雑な感情が絡み合う『イエスタデイをうたって』ならではの演出とも言えそうだが、実は動画工房がこれまで手掛けてきた日常を描く美少女アニメのなかで、脈々と受け継がれてきた演出の援用であるとも言える。

藤原が監督を努めた『未確認で進行形』は、女子高校生・夜ノ森小紅を主人公とする、突然現れた許嫁や周囲の人物たちが賑やかに繰り広げるラブコメディだ。登場人物の多くが美少女キャラクターであり、原作の4コママンガの軽さを生かしたつくりとなっている。しかし、随所にキャラクターの心情を表す手指の動きや微妙な表情、顔や体に当たる光の変化など、実にきめ細かい演出が施されていることがわかる。

「美少女」や「日常」といったジャンルに視聴者からカテゴライズされる作品は、重厚な物語や練られた設定がないため、プロットを重視する視点からは、アニメ作品として「軽い」ものだと見られることも多い。ただ、作劇の観点からすると、キャラクターを魅力的に描くためには、その所作や感情を司る表情の描き出しといった芝居について高いレベルでの演出が必要となるので、それを技術的に支えるアニメーターの力も大きな意味を持つようになる。

動画工房のこの10年は、美少女アニメというフォーマットのなかで、創設メンバーの古沢の思想を受け継ぎながら、演出と作画を高いレベルで擦り合せ、どのような作品にも通用するレベルに高めていった10年と言えるのではないだろうか。

2020年10月、石田衣良原作の『池袋ウエストゲートパーク』が、動画工房の手によりアニメ化され、放映が始まった。20年前にドラマ化され大きな反響を生み出した同作は、動画工房がこれまで手掛けてきた美少女アニメとはまったく異なるアプローチの作品となっている。動画工房がこれからの10年でいかにアニメーションの幅を広げていくのか、今後を占う作品となるだろう。


(脚注)
*1
たつざわ『芦⽥漫画映画製作所の通史的な解明』(アニメ・マンガ評論刊⾏会、2018年)より

*2
アニメータードリル
https://college.funs-project.com/themes/BkDqKJEzMBpoOma7

*3
動画工房公式ウェブサイト「ご挨拶」
http://www.dogakobo.com/company/message.html

*4
『うちのメイドがうざすぎる』第6話 原画スタッフクレジット
濱口明 いルか けろりら(陸田青享) Uno ウチダケン 新沼拓也 山本裕介 山本悦子 大津豪 中村颯 浜口コンボイ 知覚過敏 野りんご LEON 歳谷潤堂 bk たいぷはてな(小松勇輝) ねこパンツ ひまおう(山崎淳)

*5
『イエスタデイをうたって』公式ウェブサイト「不朽の名作をあらためて見つめるスペシャル対談」
https://singyesterday.com/interview/interview02/

※URLは2020年7月28日にリンクを確認済み