印象的なキャラクターが登場する意味深長で不可思議な作品が、世界の映画祭で評価されるアニメーション作家・和田淳(わだ・あつし)。2020年8月には、初めて手掛けたゲーム『マイエクササイズ』(Steam/iOS/itch.io向け)が発売された。同作の制作背景を中心に、過去の作品、そして今後発表予定の作品についてうかがった。

『マイエクササイズ』より

少年の腹筋とともに物語が展開

2002年頃から独学でアニメーションの制作を始め、「間」と「気持ちいい動き」をテーマに作品制作を続けているアニメーション作家・和田淳。『わからないブタ』(2010年)では、第14回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を、『グレートラビット』(2012年)では第16回同賞に加えてベルリン国際映画祭短編部門で銀熊賞を受賞。2017年には横浜美術館、2018年には兵庫県立美術館で個展「私の沼」も開催した。

『私の沼』より。横浜美術館からの委託により制作された

そんな和田が2020年8月に発売した初のゲーム作品が、スマートフォンアプリゲーム『マイエクササイズ』だ。アニメーション研究家でありニューディアー代表の土居伸彰がプロデュースを務めた同作は、ディスプレイをタッチすることで、少年が1回腹筋をするというシンプルな操作を続けると、アニメーションが次々と変化していく。今回は、なぜ和田がゲームの制作を始めたのか、『マイエクササイズ』について尋ねるとともに、これまでの制作や今後発表を予定している作品について話を聞いた。

まず、和田さんの制作されたゲーム『マイエクササイズ』についてお話をうかがえればと思います。『マイエクササイズ』はアニメーションを使用したゲームではありますが、やはりゲーム制作とこれまで取り組んで来られたアニメ制作では、勝手が大きく異なることも多かったと思います。

和田:アニメーションを描くという行為自体はいつもと同じでしたが、それをゲームにするとなると僕は門外漢なので、ゲームにも詳しいプロデューサーの土居さんと、ゲーム制作の経験があるアニメーション作家の薄羽涼彌さんと3人で試行錯誤を繰り返しながらつくっていきました。普段は基本的に一人で制作することの多い僕にとって、このつくり方は初めてで勝手が違いましたし、それが逆に新鮮でもありました。ですので、今回僕のゲームという名目ですが、僕自身は一人でつくったという感覚はまったくなく、3人を中心にいろんな専門の方を巻き込んでつくったという感じで、そのこともまた普段とは異なるつくり方でおもしろかったです。

2010年前後に、iPhoneが広く普及しはじめた頃から、アニメーションを使ったアプリケーションゲームが増えていましたが、当時の潮流を一作家として和田さんはどのように捉えていらっしゃいましたか?

和田:そもそも、僕はゲーム自体あまりプレイする習慣はなく、特別に詳しいとか深くのめり込んだとか、そういう経験がありませんでした。なので、『マイエクササイズ』を制作するまでゲームに強い興味が向いていたということはありませんでしたね。

そんな和田さんだからこそ、バイアスをかけずに一からゲームというメディアの性質を考えて、そのためのアニメーションを設計することに向き合えたのではないでしょうか?

和田:やはり、ゲームはインタラクティブなので、情報伝達の方向が映像作品とは違いますよね。映像は一方的に流すものなので発信者側で動きのタイミングなどをコントロールできます。でも、プレイヤーがいるゲームにおいて、僕がアニメーション制作で重視している「間」のようなものを、はたして表現できるのだろうかという不安がありました。プレイヤーに委ねてしまうので、「間」も相手のペースによって変化してしまうのではないかということですね。
プロデューサーの土居さんと話し合うなかで、それでも「気持ちいい動き」を感じられるということを第一に考えることにしました。プレイヤーに委ねた動きで、「気持ちよさ」を感じてもらう。試行錯誤するなかで、腹筋を繰り返すという動きの「気持ちよさ」を基本として、その周囲にいろいろな人や動物が集まっていくというアイデアに収れんしていきました。

同じアニメーションを繰り返し見る行為をゲームの骨子としていることが斬新でした。繰り返し見ることで、改めて和田さんのアニメーションの特徴がプレイヤーに印象づけられ、また一度の動きではなく繰り返すことで生まれる「気持ちよさ」も感じることができました。

和田:そう受け取ってもらえると、とても嬉しいですね。『マイエクササイズ』には短編映画版(註1)がありますが、ゲームもあの映画のように、腹筋以外の腕立てやスクワットの要素も入れようかと考えました。けれども最終的には、潔く腹筋というひとつの行為と動きに絞り、そこで何ができるかを追求することにしました。本当に腹筋だけをやるゲームができたわけですね(笑)。わかっていたこととはいえ、これが世の中に受け入れてもらえるのかは考えましたし、それをいかに展開させて最後までプレイヤーの興味を持続させられるかに気をつけつつ制作を進めました。

『ゲーム「マイエクサササイズ」発売記念 和田淳特集上映 私の秘かな動く愉しみ』チラシ

独特な作風が生まれるまで

「気持ちいい動き」や「間」について、もう少しお話をうかがいたいと思います。和田さんはアニメーションを何コマ打ち(註2)で制作していらっしゃいますか。

和田:初期の頃は、コマ打ちという概念や知識もなく、ただ感覚的につくっていましたね。最初は3コマ打ち(24コマのうち8コマに異なる絵を描く)くらいでつくっていたと思います。ただ、『鼻の日』(2005年)を制作する頃から作品の焦点をアニメーションの動きに絞り込み、自分のなかの「気持ちいい」動きを追求するようになり、2コマ打ち(24コマのうち12コマに異なる絵を描く)で制作するようになりました。場面によってはフルアニメーションで描いているところもあります。

『鼻の日』より

和田さんのアニメーションには突然の場面転換のカットがしばし登場します。『マイエクササイズ』でも、アシカが登場するときは、瞬時に画面が切り替わってアシカの胴体がアップになりました。ああいった寄りの演出も和田さんが大切にされている「間」をつくるために重要なのでしょうか。

和田:突然の寄りのカットをつくることには、2つほど理由があります。まず第一は、寄ることで強調をし、画面に緊張感をもたらす効果です。インパクトを与えて観客やプレイヤーを映像に集中させ、そして次の展開を見てもらう集中力を持続させるための機能です。もうひとつは、寄ることでアップになった対象の気持ちを、推し量って欲しいということです。僕の作品には無表情なキャラクターが多いので、キャラクターを寄りで描くことで、そのキャラクターが何を考えているのか、それについてどう思えばいいのか、見る人のそういった知覚を喚起できるのではないかと思っています。

キャラクターのお話が出ましたが、和田さんのキャラクターは無表情ながらも、どこか中国や日本の美術作品に描かれてきた記号的な人物像を思い起こさせます。

和田:もともと、僕がアニメーションを始めるきっかけは、授業中に描いていた落書きを動かしてみたいというものでした。当時は、モディリアーニの絵のような雰囲気で、初期の作品には、細い顔と体をしたサラリーマンが登場することが多かったですね。でも、一番の影響は仏画からだと思います。細く均一な線や無表情な顔など、絵が人物の感情を伝えるのではなく、こちらがその感情を考え、人によってその受け取り方が変わる仏画に惹かれていました。また、古い仏画の退色して質感が変化した風合いも好きでした。僕の作品のビジュアル面は、そういったところで仏画から大きな影響を受けています。

着色についても、仏画からの影響があるということですね。

和田:僕はもともと彩色が苦手で、あえて多くの色を使わない作品をつくっていたので、その分特徴的な質感を出したいと思っていました。そこで、仏画の古びた感じや、かすれた質感をアニメーションに持ち込めないかと考えたんです。例えば『わからないブタ』はそれを特に意識していて、シャーペンでわら半紙に絵を描き、それをスキャンしたうえでコントラストを上げて、独特の質感を出そうとした作品です。

『わからないブタ』より

ところで和田さんの作品には、動物が頻繁に出てきますが、これはどういった理由からなのでしょうか。

和田:動物が好きなので、ほぼ必ずといっていいほど僕の作品には出てきますね。どんな動物を出演させるかというのも、自分のなかで「この動物が好き」というブームがその時々であるんです。最近はカワウソがブームなので、よくカワウソが出てきますね(笑)。いっぽうで、動物だけの作品というのもつくっておらず、必ず人間を出していますが、それは動物と人間の関係を描きたいという思いもあるからです。人間と動物をアニメーションのなかでフラットに扱って、お互いの関係のズレを描きながら、見る側には両者の立場について考えてもらいたいと思っています。

動物のデフォルメの度合いも多岐にわたりますね。『わからないブタ』のようにリアルな造形の豚もいれば、ゲーム版『マイエクササイズ』の熊のように正座をしてコップの水を注ぐ熊もいます。

和田:僕は、大体の作品において動物はリアルに描きたいと思っているのですが、デフォルメに見えてしまうのは、そのようにしか描けないからという技術的な問題もありますね。ゲーム版『マイエクササイズ』の熊にしても、自分のなかではきちんとリアルな熊を描こうと思っていたはずなのに、結果、きっちり正座をしてしまっている。ある意味で、リアルさを定義する線引きがゆるめなんですよね。

和田さんの作品は絵のみならず、その効果音にも独特の質感が与えられていますね。

和田:絵コンテの段階で音のイメージは大体決まっていますね。「気持ちいい動き」を描くにあたっては、「気持ちいい音」も同じくらい重要な要素だと思っています。
『わからないブタ』までは、すべて一人で音を制作しており、自宅で「これだ!」と思える音を、時間をかけてICレコーダー片手に探していました。現在は、サウンドデザイナーの滝野ますみさんと組んで効果音をつくっています。以前は自分で録音したものをサウンドデザイナーさんに依頼して加工してもらったりもしていましたが、もう7、8年の付き合いになるので最近は僕の求めている音を感覚的によくわかってくれていて、とてもやりやすい関係になっています。

絵コンテはどのくらいつくり込んだものを用意するのでしょうか?

和田:プロデューサーがいるような作品は絵コンテが必要になりますが、つくり方は頭のなかにあるものを具現化していく感じです。アニメーションを描きながら考え、変えていくことも多く、かなり感覚的に手を動かしながら展開を考えています。

『マイエクササイズ』発表を経て

ゲーム版の『マイエクササイズ』は、普段和田さんの作品を目にしない層にも認知されたようで、例えばYouTuberが動画内でプレイしたりしていますね。これまでにはない層に届いたという手応えはあったのでしょうか?

和田:土居さんの声かけがなければ、自分からはゲームという未知のジャンルの作品をつくらなかったと思います。仮につくったとしても、それをどのように展開したらいいのか、ノウハウもまったくなかったわけですし。自分一人では絶対に成し得なかったことですね。でもつくってみたら、自分でも想像していなかったことがいろいろなところで起こりました。
最初にゲーム制作に誘われたときは、一人で完結できないからこそ、未知の部分があっておもしろそうだと思ったことは確かです。『マイエクササイズ』は、好きなように遊んでみて欲しかったので、これまで映像をつくっていただけだと届かなかった層にも見てもらえていることは嬉しいですね。

改めて、和田さんにとってアニメーションという映像ジャンルはどのような存在でしょうか。

和田:僕のなかでは「アニメーションとはこういうものだ」という明確な考えがあるわけではないですね。僕は、アニメーションそのものについて深く興味を持って考えているというよりは、何をおもしろいと思うか、何がやりたいかというのがまずあって、それを具現化するための最適な手法がアニメーションだったという感じなんです。おそらく自分の性格とか性質にあった手法、ジャンルなんだと思います。

2021年に公開を予定している次回作『半島の鳥』はどのような作品になるのでしょうか?

和田:かつて見たドキュメンタリー映像がとても印象に残っていて、それをモチーフにした作品をつくっています。そのドキュメンタリーとは、子どもたちが村の伝統的な祭の踊りの練習をするというものなのですが、その子どもたちがまったく楽しそうじゃない(笑)。そこに生まれていた、何とも言えない複雑な感情が、ずっと印象に残っていました。
複数の人が輪になって踊るような儀式を作品のモチーフにすることは多かったのですが、今回は「儀式とは何か」というそもそもの問いかけをしたいと思っています。これまでは素直に「アニメーションの動きが好き」というモチベーションで制作してきましたが、今回は内容をつくり込みたいと思い、儀式について考えながら制作しています。

最後に、今後も新たにゲームというジャンルで挑戦してみたいことはありますか。

和田:ゲーム化の話が出る前から腹筋を続けるというアイデアは温めていて、たまたまゲームの企画と合致して『マイエクササイズ』は生まれました。今回でゲームづくりのノウハウはある程度わかったので、今度はゲームだからこそできることを考えたり、ゲーム性を高めたりといった部分を追求してみるのもおもしろいと考えています。

これまで和田が、そのキャリアにおいて追求し続けてきた「気持ちいい動き」。今回のインタビューでは、その動きがアニメーションとしていかに設計されているのかを、描画や色、音の面からその一端を知ることができた。ゲームという新たな領域への挑戦においては、これまで制作してきたアニメーションの知見を活かしつつ、「気持ちいい動き」をこれまでに触れることがなかった層にも届けている。次回作『半島の鳥』のコンセプトを語るとともに、ゲームにおいても新作に挑戦する可能性を示唆した和田。その唯一無二の動きが、さらに広がり展開していく可能性も感じられ、今後の活動への期待が高まった。


(脚注)
*1
2020年9月19日(土)から10月2日(金)にかけて渋谷・ユーロスペースにて、『ゲーム「マイエクサササイズ」発売記念 和田淳特集上映 私の秘かな動く愉しみ』が公開された。同作には2分間にまとめられた『マイエクササイズ(短編映画版)』のほか、『グレートラビット』などの作品やテレビCMなどが詰め込まれ、これまでの作品を一挙に振り返ることができるプログラムとなっている。

*2
「コマ打ち」とは、1秒あたり24コマのフィルムのうち、何コマごとに異なる絵が描かれているかを示したもの。24コマすべてに異なる絵を描くフルアニメーションだとなめらかな動きになり、24コマのうち8コマに異なる絵を描く3コマ打ちだと角張った動きになる。

(作品情報)
『マイエクササイズ』
コンセプトとアニメーション:和田淳
コード:薄羽涼彌
アドバイザー&パブリッシャー:Playables
プロデュース:土居伸彰(ニューディアー)
製作:ニューディアー
発売概要:2020年8月、Steam・iOS・itch.ioより
プレイ時間:20分+∞
https://myex.jp/

※URLは2020年11月11日にリンクを確認済み