国内のゲーム作品をアーカイブする取り組みが進んでいる。しかし対象とされるのは、ビデオゲームで、1990年代後半から広まったオンラインゲームやモバイルゲームはまだ見通しがたっていない。そんななか、一般社団法人日本ゲームシナリオライター協会がスマートフォン向けゲームのシナリオをアーカイブ公開すべく始めた取り組みを紹介する。
『レイヤード ストーリーズ ゼロ』キービジュアル
© BANDAI NAMCO Entertainment Inc.
アーカイブ活動のブラックホールとしてのオンラインゲーム分野
学術研究や文化事業に資するための資源として、さまざまなメディアでリリースされたビデオゲーム作品をアーカイブする営みは、日本国内でも連綿と行われている。例えば立命館大学が1998年から取り組んできたゲームアーカイブプロジェクトや、2011年設立の特定非営利活動法人ゲーム保存協会による収集・保存活動などは、その先駆的な事例である。
これらの活動では、主に1980代以降の家庭用ゲーム機やパソコン向けに、ROMカセットや磁気・光学メディア等のパッケージメディアに載せて流通した作品が対象になっており、民間のコレクターや国立国会図書館などの公的機関での収蔵もあり、多くの課題を抱えながらも、方法論それ自体は確立された段階にあると言えるだろう。
対して、アーカイブという観点において、いまだ現実的な見通しが立ちづらい状況にあるのが、1990年代後半のインターネット登場以降に市場が形成されたオンラインゲームやモバイルゲームの分野である。こうした種類のゲームでは、初期のパソコン向けタイトルであればクライアントソフトの販売パッケージこそ物理メディアとして存在するものの、あくまでもゲームプログラムの本体はホスト側のサーバーにあるものだ。したがって、サービスが終了してサーバーから削除されてしまえば、そのゲームをプレイできる環境は永久に失われてしまう。
実際、ビデオゲームの歴史研究を行ううえでも、例えば2000年代前半あたりのフィーチャーフォン向けにリリースされたアプリゲームやネットワークゲームがどんな作品だったのかを調べるのは、もっと古い年代のスタンドアローンタイトルを追うよりもはるかに困難になっている。
このような性格を持つ運営型のオンラインゲームでは、そもそもゲームタイトルを「保存」したり「収蔵」したりするという、パッケージメディアに準拠したアーカイブ概念が成り立つのかどうか自体が怪しい。アーカイブが成り立つとしたら、家庭用ゲームや業務用ゲームのようなユーザー側に供されたプロダクト収集ではなく、事業者側の開発資産を何らかのインセンティブによって公共のために直接引き出させるしかないからだ。
「ゲームシナリオ」のアーカイブという方法論とその背景
以上のような構造上の困難を抱えているオンラインゲーム保存の方法論に一石を投ずる動向としてあらわれたのが、一般社団法人日本ゲームシナリオライター協会(JAGSA)が2019年9月に発表した事業「ゲームシナリオアーカイブ」だ。この事業は、とりわけ近年のスマートフォン向けオンラインRPGなどでの重要なクリエイティビティ要素になっているゲームシナリオを、サービス終了などでプレイ環境が失われた際にも閲覧可能な形態で後世に保存しようという主旨により、シナリオライターの業界団体によって始動した試みである。
その最初のアーカイブとして、バンダイナムコエンターテインメントが2017年12月から2019年1月まで配信していたスマートフォンゲーム『レイヤード ストーリーズ ゼロ』の全シナリオテキストがpdf形式でウェブ上に公開されている。同作は、ゲームだけでなくアニメやマンガとのクロスメディア展開を前提に、キャラクターデザイナーや声優、主題歌ボーカリストなどをオーディション形式で募集する「みんなでゲームをつくろう」プロジェクトの一環として制作されたタイトルだった。そのため、制作過程の段階から外部のクリエイター参加の枠組みや規約が比較的整備されていたという特別な条件にも助けられ、「作品の公開機会がなくなるのは忍びない」というシナリオライター側のモチベーションから、運営事業者であるバンダイナムコに対する働きかけがなされ、オンラインゲームとしては異例の形態でのアーカイブ公開が実現したのである。
『レイヤード ストーリーズ ゼロ』キャラクター
© BANDAI NAMCO Entertainment Inc.
このようなタイプのシナリオアーカイブ事業が要請された背景としては、特にスマートフォン向けの国産モバイルゲームなどにおいて、『チェインクロニクル』(2013年~)や『Fate/Grand Order』(2015年~)といった長大なストーリー展開をしていくタイプのヒット作の影響で、近年は長期運営型ゲームのシナリオ量が増大していたことが挙げられる。それに伴うゲームシナリオへの需要拡大の機運を受けて、多くはフリーランスや零細事業者であるシナリオライターたちが、社会保険などに対応するための社団法人としてJAGSAを設立。著作権や税務関係の事務処理、あるいは若手に向けたシナリオ制作のノウハウ共有のレクチャーなど、非営利の枠組みで公益性のある活動が行われるようになっていた。
そうしたなかで、一握りの成功タイトルを除き、パッケージの残らないオンライン系のタイトルの場合は、雇用面での後ろ盾の希薄なシナリオライターたちが心血を注いで作品が、パブリッシャー側の事情で簡単に失われてしまうことへの危機意識が高まっていた。なかにはシナリオ納品後にサービスインすることなくお蔵入りしてしまうといったケースもあるため、シナリオライターのキャリアや実績保護という意味からも、特にオンライン系のゲームシナリオについてのアーカイブ化への機運が生まれたのである。
もっとも、事業サイトの主旨文にも書かれているように、本来ゲームシナリオは単体として存在するものではなく、ビジュアルや音声、デバイス上でのインターフェースやゲームメカニクスなど、ゲームとしてのプレイアブルな環境のなかで鑑賞されることを前提に作成されるものだ。それゆえ、ゲームシナリオ単体での公開は、スタンドアローン型ゲームで進行している最終プロダクトの図書館的なアーカイブというよりも、どちらかと言うと「ナムコ開発資料アーカイブプロジェクト」のような、開発資料アーカイブに近い活動だと位置づけられる。
ただし、ゲームシナリオは映画やテレビドラマのような上演形式の台本とは異なり(補助的に声優が読み上げて演じるものも多いが、ほとんどの場合)、小説と同様に執筆されたテキストそのものがユーザーに提示される最終制作物でもあるという性格を有している。加えて、特に運営型のオンラインゲームであれば、一通りプレイアブルな環境でストーリーを読了するには膨大な時間がかかるが、公式の営みとして一作のシナリオだけが抽出されて簡便に閲覧可能になれば、批評家や研究者が物語分析を行う際には有益な材料になるほか、純粋にエンドユーザー向けコンテンツとしての価値も見込むことができる。
そうした意味で、単なる一開発資料としての要素性と、最終プロダクトに近い自立した価値性が相半ばしている点が、ゲームシナリオの特徴と言える。
現在の課題と将来的な展望
一方で、そのアーカイブ活動には、だからこその難しさも存在する。つまり、ゲームシナリオにはそれ自体としてのコンテンツ価値があるため、ゲーム本体とは異なる収益化のチャンスが常に潜在していることである。実際、2019年3月にサービス終了したアニプレックスの『バンドやろうぜ!』のように終了したゲームのシナリオ資産をファンアイテム化して収益事業化したケースも存在するため、ゲームシナリオアーカイブの活動を普遍化していくためには、将来的にはIPホルダーが希望すれば無料公開を中止し、商業化できるようにするといったオプションが必要だろう。
このことは逆に捉え返せば、クリエイター側の主導によってサービス終了ゲームのシナリオアーカイブ化のスキームが業界慣行として定着し、タイトルの母数が増えていくことで、例えば二次創作の素材になるなどの回路を通じて事後的に人気が再燃して出版企画に結びつくなどの展開が考えられるということでもある。そうなれば、ディベロッパーやパブリッシャーが最低限のアーカイブ化のための投資を行うための無視できないインセンティブにもなるだろう。
とはいえ、本事業の発起人であるJAGSA代表の重馬敬氏によれば、シナリオライターの思いとしても、やはりゲームシナリオはゲームプレイのなかで体験してこそのものなので、ゆくゆくはプレイアブル・アーカイブへの道筋を拓いていくことが理想だという。当然ながら、アーカイブ目的で長期間運営するオンラインゲームタイトルを何らかのプレイアブルな状態で遺すとなれば、コスト的にも方法論上も、はるかに困難な事業になる。例えばフルボイスで音声が収録されていた場合、通常は出演声優とのあいだにはゲームでの使用のみを想定した契約が結ばれているので、そのアーカイブを公開するとなれば、契約管理上は二次利用という扱いになり、個別の交渉コストが発生するはずである。よほどの公的支援による後押しか、ゲーム企業側の持ち出しがなければ、実現は難しいだろう。
であればこそ、基本的にはテキストデータの整形だけで公開できる、アーカイブ化のコストの少ないシナリオだけでも、サービス終了時に一定のフォーマットに沿って公開可能なかたちに整えていくという文化をゲーム事業者への啓発を通じて普及させていくことができれば、将来のプレイアブル・アーカイブ化への機運形成に対しても大きな一歩になる。
具体的な現場レベルでの要望としては、最終的にリリースされたゲームプログラム上のデータとして確定したシナリオテキストは、後で間違いなくフィックス版をたどれるよう、開発担当者が一般的なスプレッドシート等に抽出・反映して保存しておいてほしい……といったことだという。つまりチームが解散する前の、事業資産管理の「一手間」を惜しまないでおいてほしい、という程度のことだ。
そうしたコスト対効果の大きいオンラインゲーム時代のアーカイブ化への一歩として、ゲームシナリオアーカイブの試みは、現状の改善に向けての地味ながら重要な問題提起になっている。日本のモバイルゲームならではの特性に立脚したこの取り組みが、多くの事業者・関係者に受け止められ、少しでも広がっていくことを願いたい。
※URLは2021年4月5日にリンクを確認済み