2019年暮れに発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、すぐに世界中へと広がって、人々の暮らしや企業の活動に多大な影響を与えた。トレーディングカードゲーム事業から始まり、アニメ、ゲーム、コミック、そしてライブをミックスした展開で新規タイトルをヒットさせて来たブシロードグループも、音楽や舞台といったライブ活動ができなくなる災難を被った。もっともこの間、事態が改善するのをただ見守っていただけではなく、対策を打ちながら今後を見据えた戦略を練り、動き出すための準備を整えていた。株式会社ブシロード創業者で代表取締役会長の木谷高明氏に、2007年の創業から12年で東証マザーズ上場を成し遂げたブシロードグループ成長の原動力や、発生したコロナへの迅速な対応、そして生き残りに不可欠というグローバル展開など、エンターテインメントビジネスにとって大切なことを聞いた。
木谷高明氏
新型コロナウイルスによる影響への先手の対応
現在は、新型コロナウイルスの感染状況が落ち着いてきた2021年10月ですが、木谷会長はこの問題をいつ頃、どのように受け止められましたか。
木谷:一大事だと思ったのは2020年の1月中旬頃ですね。すぐメインバンクに融資をお願いしました。年末資金を借りたばかりだったので「どうして」と言われましたが、「貸さなければメインバンクを変える」とまで言って、出してもらいました。理由は、経済活動がすべて止まってしまう可能性もあると考えたからです。売り上げが立たなくなったら、毎月の販売管理費の分だけ赤字になっていきます。資金を確保しておく必要がありました。
その後、実際に経済活動が止まりましたが、当初は多くの人たちがここまで大変な事態になるとは感じていませんでした。木谷会長が踏み込んだ施策を打ち出せたのには、何か理由があるのでしょうか。
木谷:中国から来ている社員が社内にいたのでどう思うかを聞いてみたら、「日本も中国と同じようになると思う」と言ったのです。当時は人流も制限されていなくて、どんどん人が行き来していました。同じにならない理由がないと考えて行動に移しました。
リモートワーク用のノートパソコンをショップに走って確保するよう指示を出したそうですね。
木谷:2020年の2月半ばあたりで、これはいよいよ無理だろうといった雰囲気が強くなって来たので、17日に当時はまだ毎朝開催していた朝礼で、「ディス・イズ・ウォー、これは戦争だ」と言っていろいろと指示を出しました。2日間のうちに在宅勤務と時差通勤の体制を整えてほしいと要望して、手分けして40台ほどのノートパソコンを購入しました。アメリカの現地法人にも連絡して、6万枚ほどのマスクを買って日本に送ってもらいました。マスクは、アニメショップやカードゲームショップに差し上げたら大変に喜ばれました。本当にマスクが手に入らない時期でしたから。
ショップを大切にされたのはブシロードグループとしてのポリシーからですか。
木谷:カードゲームショップとともにブシロードグループは成長してきました。経営は違うといってもやはり大切なところだと考えたからです。カードショップ向けには、対戦するプレイヤーのあいだに立てる透明のボードを調達して配布しました。その後、飲食店で普及してきましたが当時としては早い取り組みでしたね。
ライブエンターテインメントに注力する理由
ブシロードグループでは近年、映像やゲームと並行してライブや舞台といったリアルなイベントも行うなど、ライブエンターテインメントに力を入れていました。それだけに新型コロナウイルス感染症のダメージも小さくなかったのではないですか。
木谷:声優がDJを演じて、実際にDJライブも行う「D4DJ」を立ち上げたばかりでした。ライブを行えなかったことで、本来のエンターテインメント力を発揮することが難しかったコンテンツと言えます。当初、全国のアニソンクラブにメンバーを派遣して、DJプレイを見てもらおうと思っていたのですが、新型コロナウイルス感染症の影響で密になるアニソンクラブ自体が活動を停止してしまいました。リアルなイベントの展開をするにはタイミングが悪かったと思いますが、まだ諦めてはいません。リアルイベントだけでなく、ゲームや配信番組などそれぞれで活動を継続してくれていますし、2022年の春からはさらに裾野を広げた活動ができるようにしたいと考えています。
「D4DJ」キービジュアル
「D4DJ」のライブ「D4DJ D4 FES. LIVE -Party Time-」の様子
ブシロードグループがライブエンターテインメントに力を入れはじめたのには、何か理由があるのでしょうか。
木谷:世の中がデジタル化すればするほど、強いところがより強くなっていきます。勝ち組がより勝ち組になります。それをひっくり返すとなると、差別化が必要でゲリラ戦になりますが、そうしたゲリラ戦はやっぱりアナログの活躍の余地が大きい。ライブでありイベントであり舞台といったものですね。1万人といった規模の舞台はありません。せいぜい2,000人で普通は1,000人とか500人といった規模ですが、その中の熱量がすごいんです。現場の熱にはかなわない。そう思って、ライブエンターテインメントに取り組みはじめました。
コロナ禍でいったんは滞ることになってしまいましたが、いずれ影響はなくなると見ていますか?
木谷:2022年の春から夏にかけてなくなっていくと思います。アメリカやイギリスは新型コロナウイルスに対して社会を慣らしていくしかないと考えて施策を行っているように見えます。日本もいずれそうなるでしょう。
今は、その時期に向けて準備を整えている感じですね。
木谷:そうですね。ライブエンターテインメントにはこれからも力を入れていくつもりです。舞台は楽器の移動や練習場の確保が大変なので、常設の小屋を持ちたいと思ってずっと探していましたが、上野にある音楽ホールの購入が決まって、11月8日に発表しました。2022年春に「飛行船シアター」としてリニューアルオープンする予定です。ここを拠点にいろいろと見せていきますので、期待してください。
トレーディングカードゲーム市場への新規参入
2007年の創業時、ブシロードはトレーディングカードゲームを事業の中心に据えました。すでに世の中では「マジック:ザ・ギャザリング」や「遊☆戯☆王オフィシャルカードゲーム」「ポケモンカードゲーム」などが市場をつくっていて、新規参入は難しいように見えました。
木谷:逆に言えば、それくらいしかまだなかったということです。3つか4つくらいしかないなら、まだまだ成長の途中だと思いました。世界初のトレーディングカードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」が発売されたのは1993年で、2007年の段階ではまだ14年くらいしか経っていません。参入の余地は十分にあると考えて、それで独立しました。
創業直後の2008年から展開してきたカードゲーム「ヴァイスシュヴァルツ」は、今も続いているタイトルです。2011年発売の「カードファイト!! ヴァンガード」も若者たちに人気です。長く続ける秘訣のようなものはあるのでしょうか。
木谷:ブランド力ですね。カードゲームが続くためには、常に宣伝をしたり大会を開いたり全国を普及に回ったりする必要があります。立ち上げにはコストがかかります。続けるための手間もかかるのがカードゲームなんですが、長く続けるうちにブランドとなって、遊んでもらえるようになりました。続けば続くほどIP(Intellectual Property:知的財産)は強くなるんです。
アニメやゲームのキャラクターが登場するトレーディングカードゲーム「ヴァイスシュヴァルツ」
ブランド力を付けることが大切だということですか。
木谷:ブランドが1番だと考えています。私が考える企業とは何かを表す際に好きな言葉として、企業はブランドとノウハウと技術で成り立っている、というものがあります。技術は人についてまわりますし、お金で買えるものでもあります。ノウハウは定着までに時間がかかります。ブランドはいったんつくり上げれば、中身がごっそりと入れ替わっても、サービスの水準や商品の質が維持されている限り続いていきます。
IPの創出と展開の仕方
近年はオリジナルのIPを新しく投入して、ライブも含めたメディアミックス展開によって盛り上げていくこと積極的に行っていました。
木谷:ブシロードはカードゲーム事業で独立しましたが、オリジナルIPへの志向は当初からありました。それが本当に確立してきたのは、2017年にリリースした「BanG Dream!」以降ですね。世の中にはIPがたくさんありますが、まだまだ提供されていないものがあると思っています。潜在需要を探して、そこにマッチしたIPを作り投入することが大切なんです。「BanG Dream!」の場合は、声優がバンド活動をしたらヒットするのではといった単純な考えから来ています。それで、楽器を弾ける声優を探すところから始めました。
「BanG Dream!」はアニメシリーズを放送したり、劇場版を上映したり、バンドによる日本武道館公演を行ったりと、多彩なメディアでの展開が目立ちました。
木谷:今は少し落ち着いてしまっている感じがあるので、新型コロナウイルスの感染状況もありますが、もう1回盛り上げ直します。
アニメ「BanG Dream!」のキービジュアル
BanG Dream! 9th☆LIVE「The Beginning」の様子
2012年に買収した新日本プロレス、2019年に傘下入りした女子プロレスのSTARDOMといったプロレス事業もIP確保の一環でしょうか。
木谷:プロレスもオリジナルIPだと考えています。新日本プロレスをグループ会社にしたのは、キャラクターコンテンツとして可能性があったからです。当時、プロレスはあまり収入や利益を上げられなくなっていました。これをスポーツエンターテインメントとして捉え、選手をキャラクターとして見よう、IPとして見ようと考えました。女子プロレスのSTARDOMも同じです。
オリジナルIPの創出はこれからも進めていく考えですか。
木谷:アニメにしてもゲームにしても、高度化して同じ土俵で戦うのが大変になっているところがあります。アニメは数が増えていますし、ゲームも開発費が高騰しています。そうした競争に勝つのは大変です。そうしたなかで、自分が得意としていたのがアナログの熱をつくること、イベントを打ちライブを行ってファンを掴んでいくことでしたが、今のコロナ禍ではそうした活動がなかなかできません。火を付けづらくなっています。
対策はありますか?
木谷:今は新しいIPを創出するよりも、IPの出口をどう増やすかを考えています。ブシロード自体、以前はIPディベロッパーとい言い方をしていましたが、今はIPプラットフォームであろうという立場に切り替えています。自社だけでなく他の方々がつくったIPを、2次商品化していくためのプラットフォームづくりを行っています。
どのような戦略でしょうか。
木谷:当社で言えば、カードゲームの「ヴァイスシュヴァルツ」であり、カプセルトイといった分野に力を入れることですね。IPが持っている世界観を崩さず、大切にすることで安心して参加してもらえるようにしています。「ヴァイスシュヴァルツ」では世界で活躍している日本発VTuber事務所「ホロライブプロダクション」が先だって発売されて、過去最高水準の出荷を記録しました。「ヴァイスシュヴァルツ」は今アメリカが好調なんです。7年間くらいやっていて、ずっと行ったり来たりをしていたのですが、2021年の春から急激に伸びはじめました。
新しい手を打たれたのですか?
木谷:日本のアニメがNetflixなどの配信を通して世界中で見られるようになったことが大きいですね。配信で日本のアニメのシェアが増えて大勢が見るようになったことで、アニメをテーマにした「ヴァイスシュヴァルツ」が人気になっている形です。配信で映像作品を見るという習慣は、ある意味新型コロナウイルスの恩恵でもあるので、そこはプラスになっていますね。エンターテインメント業界では海外事業はどこも出ては退く繰り返しですが、そこで退かずに頑張ってきたのがようやく報われました。
ブシロードグループは鉄道の沿線や街中に大々的に広告を展開する宣伝活動でも注目を集めていました。
木谷:街中や交通機関への出稿を積極的に展開したのは、通勤通学の人にアピールしたかったからです。交通広告や街の看板を見るのは、実は既存のユーザーなんです。知らない広告を見てもあまり関心がわきませんが、知っている広告を見るとつい見入ってしまうし、広告が出ているからと安心するところもあります。ちゃんと流行っている、だから宣伝しているんだという気持ちを持ってもらい、離れていくのを防ぐためにやっているところがありました。ただ、最近は以前ほどには行っていません。大々的というのは少し前のイメージですね。
止めてしまったのですか?
木谷:アプリゲームはWeb広告で行い、効果を見ながら展開しています。地下鉄の中吊り広告は今も続けています。結構見られているんですよ。テレビを見なくなった若い人たちでも、鉄道には通勤や通学で乗りますから、そのときに広告が目に入るんです。週刊誌が中吊り広告を取りやめたということが話題になったとき、自分にはどうして止めるんだろうという気持ちしかありませんでした。記事はスマートフォンで読めるかもしれませんが、それは一部です。目次のようなものは中吊りで見ることが多い。スマートフォンの普及で広告が見られなくなったといっても、混んでくればスマホをしまって車内を見渡します。そのときに目に入るのは中吊りです。
左から、劇場ライブアニメーション『BanG Dream! FILM LIVE 2nd Stage』とNintendo Switch版『バンドリ! ガールズバンドパーティ!』の駅ホーム上の広告
これからの課題と展望
木谷会長が現在、感じている事業の課題というものはありますか。ここがまだ足りていないとか……。
木谷:足りないところだらけですね。エンターテインメント業界は、以前と比べてトータル的な難易度が上がっているんです。特に上がっているのが海外市場。そこをしっかり取らないと残っていけないということです。英語圏や中国語圏は特に重要だと思います。そうした市場に対応できる人を仲間に入れられない企業はダメでしょうね。
ブシロードグループはいかがですか。
木谷:毎週水曜日の朝9時からトレーディングカードゲームグローバル会議を開催しているんですが、そこで中国人のスタッフと韓国から参加している韓国人のスタッフが、英語で会話をしていたんです。中国人のスタッフも韓国人のスタッフも、どちらも日本語が話せることは知っていましたが、英語も話せて日本語と同じくらい上手いんです。日本人で英語と中国語がペラペラという人はなかなかいませんし、中国語だけでも話せる人は多くはいません。そうした人たち、グローバルな人材をどんどんと引き入れていく必要を感じています。
優秀な人材を確保するのはどこも大変です。
木谷:良い人はやはり引っ張りだこですね。引き抜かれて辞めていってしまう可能性もあります。そこで重要なのはやはりIPの力です。当社に入ってくれる人も「BanG Dream!」が好きだ、新日本プロレスが好きだ、カードゲームが好きだといった理由で来てくれますから。プラットフォーム戦略を拡大して、そこに他で人気のキャラクターを乗せていくということも大切ですが、会社のファンをつくるためには、自社のIPを持っていることも大切です。会社の資産でありバリューを高めるために、これからもしっかりと取り組んでいきます。
木谷氏
株式会社ブシロード
2007年にトレーディングカードゲームの制作・販売を中心にコンテンツプロデュース業務を行う会社として設立。各種IPを使ったトレーディングカードゲーム、デジタルゲーム、映像音楽コンテンツ、イベント、グッズの企画・開発・製造・販売を行う。
https://bushiroad.co.jp/
※URLは2022年1月26日にリンクを確認済み
あわせて読みたい記事
- 第24回文化庁メディア芸術祭 「分野横断トーク「コロナ禍にこそ振り返るメディア芸術表現の現在」」レポート2021年12月17日 更新
- 海を渡った日本のゲームの子孫たち第1回 メトロイドヴァニア2021年9月6日 更新