第25回文化庁メディア芸術祭で株式会社ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役の塩田周三氏が功労賞を受賞した。塩田氏は、2D作画が多い日本のアニメーション制作会社にあって、早くからフル3DCGのアニメーション制作を手掛け、アメリカの優れたテレビ作品に贈られるエミー賞を何度も獲得して高い評価を受けている。また、アニメーション作家が対象のコンテストで審査員を務め、新しい才能の発掘にも貢献している。塩田氏が海外マーケットに目を向けるようになった経緯や、才能の発掘に務める理由を聞いた。

塩田周三氏

1990年代~2000年代初め、2Dアニメーション隆盛の陰で

功労賞受賞、おめでとうございます。審査委員でアニメーションスタジオの神風動画を率いる水﨑淳平氏が、贈賞にあたって「ともすれば内にこもる日本アニメ業界と海外市場をつなぐ架け橋となったことは、業界の未来にとってかけがえのない『功』と言える」といった理由を述べています。こうした言葉を受けての受賞をどう感じられましたか。

塩田:功労賞をいただけるとうかがったとき、ひたすら脳みそにサーキュレイトしていたのが「おかげさまで」という言葉でした。僕はアーティストではありませんし、プロデュースクレジットが無茶苦茶あるというわけでもありません。やってきたのは会社の経営で、自分一人で成し遂げたことは何もないんです。だから、僕でよいのかという思いがありましたが、これもすべてこれまでのご縁のおかげさま、と考え頂戴することにしました。評価していただいたものが積み上がってきていたというタイミング的なものもあったのでしょう。贈賞に賛同してくれた方々や、ポリゴン・ピクチュアズを支えてくださった方々の「おかげさま」だという思いがすごく強いです。

贈賞理由には、ポリゴン・ピクチュアズが海外に早くから進出して、「スター・ウォーズ」シリーズのような世界的なIP(知的財産)を使った作品の制作を受託し、日本のアニメーション業界をグローバルなものにしてきたことも触れられています。海外を目指したことには理由があったのでしょうか。

塩田:日本では仕事がなかったんです。1994年の暮れにセガサターンとプレイステーションが発売され、1995年に『トイ・ストーリー』が公開されてデジタルコンテンツに対するインフレ感がものすごく渦巻いていました。そうしたなかで1997年にポリゴン・ピクチュアズがナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)とCGアニメーションを制作するドリーム・ピクチュアズ・スタジオ(DPS)を立ち上げたのですが、作品を完成させられないままSCEが離脱し、ナムコの中村雅哉会長にお願いをして暫く支援を続けていただいたものの結局は解散となりました。同じ頃、やはりフル3DCGのアニメーション映画『ファイナルファンタジー』(2001年)が完成したのですが、140億円を超えると言われる製作費をかけたものの、興行収入では取り戻せませんでした。そうした状況から、日本のインベスターに「CG憎し」といった感情が渦巻いてました。

一方で2Dアニメーションは隆盛を極めていました。

塩田:1995年の『新世紀エヴァンゲリオン』の大ヒット以降、第3次アニメブームと呼ばれるものが日本にはやってきました。2002年には『ほしのこえ』で新海誠監督が登場してデジタル作画の個人作家によるアニメーションにも注目が集まりました。アメリカで停滞していた長編アニメ映画市場がCGアニメーションによって息を吹き返したのに対して、日本では2Dアニメーションが再び勢いを増し、日本ではCGはいらないと思われてしまうようになりました。そこで諦めなかったのが河原敏文さん(筆者註:ポリゴン・ピクチュアズ創業者)のすごいところでした。自分はDPSでシステム部長をしていましたが、国内外から集めた精鋭のスタッフと当時としては最先端のインフラで何も生み出せなかったのは悔しいので、もったいないと河原さんに言うと、希望する人と機材をポリゴンに持って行ってくれたのです。

そこから海外市場へと目を向けたのですか?

塩田:最初は仕事をつくることでした。ポリゴン・ピクチュアズで制作した「ロッキー×ホッパー」()というキャラクターが資生堂のCMを通して人気になって、キャラクタービジネスも立ち上がったのでテレビシリーズの企画を検討しましたが、なかなかまとまりませんでした。そうこうしているうちにいよいよキャッシュフローが回らなくなってきたので、インベスター相手に第三者割当増資を行いました。それまでのポリゴン・ピクチュアズはプロデュース集団でありクリエイター集団で、受注はしないで自分たちでプロジェクトをつくると言ってきましたが、ファンドに入ってもらってからは営業に回るようになりました。そこでインベスター経由で所ジョージさんのマネジャーと知り合うことができて、『デジタル所さん』(2000~2001年)制作の仕事へと発展しました。史上初めてすべての系列局で放送された深夜アニメです。それで首がつながりましたね。

以後は順風満帆に……

塩田:いいえ。その後がつながらなかったんです。そこで海外に目を向けると、テレビシリーズもCGでつくりはじめていたので営業を始めました。DPSで一緒に仕事をしていた人が、解散後にハリウッドに戻って仕事をしていたのでコンタクトを取ったり、エージェントやマネジメントを行っている会社にメールを書いてプレゼンテーションをさせてほしいとお願いしたりしました。デジタルハリウッドがSIGGRAPHにブースを持って日本のCGについて発表するからと呼んでくれたのに乗じて、地道な営業をしたりしました。

大変な苦労をされたようですね。

塩田:2005年に『Valiant』という映画があって、『シュレック』(2001年)を最初にプロデュースしたジョン・H・ウィリアムズが手掛けた作品なんですが、そこでビジュアルエフェクトのスーパーバイザーを務めたのがDPSで一緒に働いた人だったんです。この『Valiant』でモデリングや、「リグ」というCGモデルの骨組みをつくるところを手伝いました。戦場を飛ぶ伝書鳩の話で複雑なリグが必要だったのです。これが海外で最初にいただいた仕事です。

仲良くなった人づてで仕事へとつながるように

『デジタル所さん』の受注も『Valiant』の受注も人づてというのが興味深いです。

塩田:僕と海外の関係は人ベースなんですよ。後に『プーさんといっしょ』(2007年)を任せてくれたディズニーと最初に関係ができたのも人なんです。ポリゴン・ピクチュアズの社員がニューヨークの美大に通っていたときの先生と来日時に知り合い、その先生がディズニーの技術部門に移ったタイミングでしかるべき人を紹介してもらいました。そこから何年かテストを受けて受注に至りました。だから人なんです。仲良くなった人をつてにしてつなげていくんです。

その後も人づてが続いたのですか。

塩田:『プーさんといっしょ』のエグゼクティブプロデューサーと監督のデビッド・ハートマンが移籍して立ち上げたのがハズブロ・スタジオで、その初期作品である『トランスフォーマー プライム』(2010~2011年)にもお誘いいただきました。その『トランスフォーマー プライム』のラインプロデューサーがアップルに移って一緒に『パンダのシズカ』(2020、2022年)を手掛けました。依頼されたことに対して良い仕事をするのは当然ですが、そうした仕事のなかでポリゴン・ピクチュアズを好きになってくれたことが、後の仕事につながっているのだと思います。

『トランスフォーマー プライム』キービジュアル
TRANSFORMERS and all related trademarks and logos are trademarks of Hasbro, Inc. © Hasbro.
© TOMY
© TOMY/テレビ愛知・電通

きっかけこそ人づてでも、仕事はきっちり行うことで次につなげてきたのですね。

塩田:大切なのは全部のパッケージです。クオリティも当然出しますが、そのなかで我々しか出せない色とかスタイルを出すこともこだわります。日本人的な勤勉さであるとか、スケジュールを守るとかいったこと。それに加えて細やかな気を配りいろいろと聞いてあげることで、仲を深めていくんです。『トランスフォーマー プライム』はシーズンの最後に打ち上げをしようということになって、日本とアメリカのあいだにあるハワイに自腹で集まり大騒ぎしました。とても有機的な関係性のなかで案件がつながっていく感じです。

『スター・ウォーズ クローン・ウォーズ』(2008~2020年)のような大型IPを戦略的に取りにいくようなことはされないのですか。

塩田:これも人ですね。「スター・ウォーズ」シリーズはぜひやりたいと思っていたものですが、きっかけはふとしたことでした。今はピクサー社長のジム・モリスがILM社長だった時、立ち上げメンバーとなったビジュアルエフェクトソサエティ(視覚効果協会)の日本支部設立の可能性を探るべく日本に視察に来たんです。そこでほかのアニメ会社を見て回りたいということになって、僕が付き添っていろいろな会社を回りました。まる2日間くらい一緒にいて仲良くなりました。そこで「スター・ウォーズ」シリーズもやってみたいと言ったらゲーム『Star Wars: The Force Unleashed II』(2010年)の案件を紹介してくれました。しばらく経って『スター・ウォーズ クローン・ウォーズ』の受注に至りました。だから本当に人なんです。良い人との出会いを引き寄せる何かがポリゴン・ピクチュアズにはあるのかもしれません。そこで得た出会いを生かし続けることが大切なんですね。

『スター・ウォーズ クローン・ウォーズ』キービジュアル
STAR WARS™ The Clone Wars
TM & © Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved

自社の強みを生かしながら、時代に合わせて成長していく

世界で評価されるために必要なことは何でしょう。

塩田:河原さんの時代からですが、「誰もやっていないことを 圧倒的なクオリティで 世界に向けて発信していく」というのが、ポリゴン・ピクチュアズのミッションステートメントです。勝たなくてはいけない、誰もやっていないポジショニングを得なければいけないということが、私たちの血肉に流れているんです。後は、キャラクターアニメーションならピクサーとかドリームワークスとは違った戦い方をして、世界で勝てる可能性を感じていました。ポリゴン・ピクチュアズは河原さんがCGによる日本のディズニーをつくりたいということで立ち上がったところです。「ロッキー×ホッパー」もそうした流れから出てきたものです。キャラクターアニメーションをつくるために「Maya」の前身のような独自のCG制作アプリケーション「MESOZOIC」を開発したりして、キャラクターセントリックに動いていきました。そうした成果だと思います。

今は多くのアニメーション制作会社がフル3DCGのアニメーションをつくりはじめています。VFX業界で長い歴史を持つ白組もフル3DCGのアニメ制作に乗りだしています。こうした企業と棲み分けていくのですか?

塩田:棲み分けをしようとして棲み分けている感じではないですね。白組は創業者の島村達雄さんの血が強い会社ですし、ポリゴン・ピクチュアズには河原さんの血が脈々と流れています。親が違うと子も全然違うように会社のキャラクターも違ってきます。僕が社長として常々意識してきたのは、良くも悪くも河原敏文という父親が18年間、強烈に育ててきたポリゴン・ピクチュアズという会社を、継父として成長させることです。持って生まれた人格をどう生かすか。ほかとカラーに違いがあるとすればそうしたところだと思います。

これからの目標というものはありますか。配信を中心に全世界でハイクオリティのアニメーションを展開していくことでしょうか。

塩田:これからも配信はものすごく重要ではありますが、一時のような何でもありといった状況は終焉した感じです。今は各ストリーマーが自分の足元を見てどのような作品が必要かを考えている気がします。アジア太平洋地域についてはアニメの需要がまだあるようだと考えてくれているようですが、クリエイターが自由に何でもできるといったユーフォリア的な状況にはない気がします。

4月から放送された『エスタブライフ グレイトエスケープ』(2022年)や、『シドニアの騎士』(2014年)と同じ弐瓶勉さんの原作で現在制作中の『大雪界のカイナ』(2023年予定)ではクランチロールと組みます。

塩田:時代が移り変わっていくなかで、ポートフォリオを国内外とも構築していく必要がありますから。それから自分たちにはまだ、完全には実現できていないことがあるんです。それは大ヒット作品を出すことです。ストリームオンリーで大ヒットが出てつくり手が潤ったということはありません。今の時代にヒットを出すとはどういうことなのかを追求していくと、従来型の興行収入か2次利用3次利用の拡大しかないんです。そうなるためには、コンテンツに対する認知度の向上や、キャラクターに対する親愛度の獲得が必要となります。そう考えると、テレビ的な毎週一定時間に放送されて、それを一斉に見るのは理にかなっていたスタイルですね。

『エスタブライフ グレイトエスケープ』はテレビ放送もされました。ハードなビジュアルのイメージがあったポリゴン・ピクチュアズにしては珍しい美少女アニメでした。

塩田:私たちは学ぶ立場でした。こういう見せ方をするんだといったことを教わりました。キャラクターへの愛もありましたが、今までとはちょっと違った愛かもしれませんね。

コロナ禍中に自宅でのトレーニングに目覚めた塩田氏。トレーニングに関する話題で、コミュニケーションが盛り上がることもあるという

脚注)
イワトビペンギン「ロッキー×ホッパー」は、ポリゴン・ピクチュアズが企画・製作したオリジナルCGキャラクター。1995年に資生堂の整髪料のテレビCMでデビュー。玩具や衣料品、ゲームなど多数の「ロッキー×ホッパー」商品が発売された。


株式会社ポリゴン・ピクチュアズ
1983年7月創立以来、「誰もやっていないことを 圧倒的なクオリティで 世界に向けて発信していく」ことをミッションに掲げ、先端的なエンタテインメント映像の製作を手掛ける国内最大手のデジタルアニメーションスタジオ。マレーシアの制作拠点「Silver Ant PPI Sdn. Bhd.」を含め、300名以上のクリエイターが集結。最新技術を駆使し情熱をもってコンテンツ制作に力を注いでいる。代表作は『シドニアの騎士』『パシフィック・リム:暗黒の大陸』「トランスフォーマー」シリーズ、『スター・ウォーズ レジスタンス』『げんきげんき ノンタン』など。https://www.ppi.co.jp/

※URLは2022年8月10日にリンクを確認済み