2000年代後半から勃興した、ゲーム文化の新たな潮流「インディーゲーム」。日本では80年代から豊かな個人制作ゲーム文化として「同人ゲーム」「フリーゲーム」といった基盤があり、この十数年は個人や小規模チームでのゲーム開発にまつわる環境は激変した。日本国内のインディーシーンは、年々その規模を拡大しつつも、国内外からのプレゼンス確保に苦戦している。作品群は日本ならではの表現力を持ちながらも、風土的な制限により活躍の芽が出にくい状況のままだ。本連載は、そんな日本国内のインディーシーンを紹介し、現在の苦境と、それを打破するに必要な要素について解説する。


2017年3月に行われた開発者交流会Tokyo Indiesのイベントの模様。公式サイトより

開発者コミュニティとその意義

インディーゲーム開発者は、基本的にとても「孤独」である。個人または小規模チームが何年もかけてゲームを開発していくなか、ずっと自分の作品に向き合い続ける必要がある。少人数ゆえ、数十名からなる一般的なゲーム開発の企業と異なり「気さくに話せる同僚」というものがいない。作品制作に集中する環境としては最適かもしれないが、困ったことを相談できる相手がいないと、壁にぶつかったときなどはそれを一人で抱えることになり、心理的な負担が高まりやすい。

作品の進捗具合をSNSで公開したとしても、ゲーム開発の序盤ではあまり知名度はないため、応援してくれる人は多くないかもしれない。ゲームファンは時に開発者に対して心ない言葉を投げかけることもある。ゲームのリリースが近づく頃にはパブリッシャー、プラットフォーマー、メディアといった外部との繋がりが生まれるものの、そこに利害関係がある以上、腹を割って対等に話すことは難しい。なおかつ、Nintendo Switchなどの家庭用ゲーム機向けの技術情報は厳重な機密保持の下にあり、むやみに開発機材の映像を見せたり、誰かに技術的な内容を話したりすることはプラットフォーマーの規約に違反する行為になってしまう。

こうした状況において昨今筆者が重要に感じているのが、「安心して開発者が情報交換できる」インディーゲーム開発者コミュニティの存在だ。ゲームを開発している技術者同士が集い、日々直面している困難について悩みを相談し、プラットフォーマーの機密保持契約を結んでいる開発者同士で安全に情報を交換できる場所が大切だ。他の創作分野において、例えば絵画や映像の作家は、同じ作家同士が集うコミュニティや支援施設などを利用することがあるだろう。これと同様の仕組みがインディーゲーム開発者のなかでも形成されつつある。

なお、コミュニティという言葉で今後は紹介していくが、筆者はなにも開発者に「社交的な人物になれ」と言いたいわけではない。無理に人間と仲良くしようということではなく、対等な技術者同士として、「職場の同僚」のような温度感で交流ができることが望ましい。

インディーゲーム開発者のコミュニティで交換される情報は、主に技術情報である。何よりもまずゲームがつくれなくては始まらないため、プログラミングやゲーム開発ツールの使い方の情報が活発に交換されている。また、マーケティングに関する情報も多い。例えばインディーゲーム開発者が対象のコンテストの情報や、アワードの申し込み、ゲームのリリースタイミングにやるべきことなど、多岐にわたる。

そして、危険な事業者と距離をとるための情報も必要だ。近年は日本でも「インディーゲーム」分野の注目度が上がったことから、さまざまな企業やインフルエンサーなどが開発者のことを金づると見なして接近するようになった。海外においては、ゲームの販売契約を結びながらも支払いを踏み倒したり、高額な手数料や権利の譲渡などを迫ったり、不利な契約条件を強いるなどの被害も起きている。こうした情報を共有し、ほかの開発者が同じ罠に陥らないようにすることも目的のひとつである。

開発者コミュニティに望ましい要件は「参加者に利害関係がないこと」「開発者なら誰でも参加できること」「コミュニティを運営管理している人物がいること」が挙げられる。

まず、コミュニティの参加者は、純粋に開発に取り組む同志としてコミュニケーションをとれる間柄であることが肝要だ。ひとたびビジネスの場になればライバルであるし、雇い雇われの主従関係や金銭関係が発生した場合、心理的な安全性が確保できなくなってしまう。

そして、コミュニティは一定のルールを守れば開発者は誰でも自由に参加できるものが望ましい。かつ、オープンでありながらも、コミュニティのマネジメント体制が構築されたコミュニティのあり方が大切だ。コミュニティそれぞれにルールが存在する。「インディーゲームに興味がある人はだれでも参加可能」といった比較的間口が広い場所もあるが、基本的にはゲームを開発している人たちのためのコミュニティだ。以降でさまざまコミュニティを紹介していくが、基本的に「自分で作品をつくっている人」のためであることは念頭においていただきたい。

国内のさまざまなコミュニティ形態

日本における開発者コミュニティの変遷を見ていこう。まず、歴史の長い日本の個人・小規模ゲーム開発の文化として、コミックマーケットは外せない。会期中の開発者同士の交流に加えて、大小さまざまな規模で参加ゲーム開発者による打ち上げが行われていたそうだ。筆者は直接こうした場に参加したことは少ないが、そこでは技術的な情報共有などが盛んに行われ、開発者同士を繋ぐコミュニティとして機能しているようだ。

また、かつては「全日本学生ゲーム開発者連合(全ゲ連)」という勉強会シリーズが存在した。これはゲーム開発を実際に行っている学生が集う勉強会で、100名を超す参加者がいることもあった。有志で運営されていたゲーム関連の勉強会では最も人数が大きかったのではないかと思われる。残念ながら2016年に終了したが、個人・小規模の開発者がゲーム開発に関する情報を手に入れる機会であったことは間違いない。

ここ数年においては、「インディーゲーム」のスタイルが輸入されてきた影響もあり、付随したさまざまなコミュニティが生まれている。まず、「Tokyo Indies」が2014年7月にスタートした。Tokyo Indiesは毎月開催されていた、開発者交流会だ。初回はバーで、2回目以降はアートスペースで、しばらくしてカフェのフロアを借り切っての開催とその規模を増し、ピーク時には100名程度が参加していた。

Tokyo Indiesの特徴は、国際色豊かな参加者と、毎回ゲームの紹介を行うプレゼンテーションの時間があることだ。会場内のプロジェクターを使い、毎回5チーム程度が自分の作品の紹介を行った。筆者も何度か作品発表の場をいたただいた。

開催地は東京・渋谷だったが、全国からさまざまなインディーゲーム開発者が集い、開発に関する情報や、技術的な話などが活発に交換された。この形式を基に、大阪では同様の取り組みである「Ichi Pixel」がスタートするなど、コミュニティムーブメントの先駆けになった。筆者は、この勢いで全国にコミュニティができたらと当時は考えていた。しかし、場所が手狭になってきた矢先、新型コロナウイルスの流行によって世界は一変した。オフラインで集まるイベントが事実上開催できなくなったため、Tokyo Indiesは2022年10月の復活まで一時休止となり、Ichi Pixelは年内での活動終了を予告している。

近年の新たなインディーゲーム開発者コミュニティの形態に、集英社が手掛ける「集英社ゲームクリエイターズCAMP」のウェブサイトがある。これはDiscordやSlackなどのチャットツールベースではなく専用に制作されており、自分のプロフィールページで作品やスキルをアピールできることが特徴である。また、ほかの開発者をフォローする機能があり、フォーラムによって開発者同士の交流も可能となっている。以下は、筆者のページだ。


「集英社ゲームクリエイターズCAMP」のプロフィールページ

ゲーム開発者のほか、ゲームプロジェクトに参加したいと考えているイラストレーターや作曲家なども登録できる。ゲーム開発者が自作のクオリティアップのためのパートナーを見つけられる場所にしていくことを目指しているそうだ。

海外のインディーコミュニティのハブとなるasobu

いくつかスタートしたコミュニティのうち、常駐の物理的な場所が用意されたコミュニティも始まった。「asobu」は2019年に複数の業界関係者によって立ち上げられた、日本のインディーゲーム開発者のためのコミュニティである。コワーキングスペースとして利用できる拠点を渋谷に構え、開発者同士の交流会やテストプレイを目的としたゲーム試遊イベントなどが行われている。筆者はコアメンバーとして設立当初から運営をサポートしている。asobuのスポンサーはPlayStation®(ソニー・インタラクティブエンタテインメント)、ID@Xbox(マイクロソフト)、集英社ゲームズ、Kowloon Nights、前回の記事で紹介したiGi indie Game incubatorも加わっている。


「asobu」ロゴ

asobuの特徴は、海外のインディー開発者との交流促進を目指していることである。海外では、それぞれの地域で開発者コミュニティが存在している。例えばアメリカ・ブルックリンのGUMBOや、韓国のSeoul Indiesなどがある。asobuはこれらのコミュニティをモデルとして設計されており、海外コミュニティのメンバーを動画番組に招待するなどで、開発者同士の繋がりづくりを目指している。開発者の悩みの多くは言語を超えて共通していることが多い。技術的な壁、ゲームデザインの迷い、プロジェクト進行の難しさなど、言葉は違えど悩みと知見の共有は大きな意味がある。もしかすると、あなたが目指すゲームの理想や境遇に近い開発者は地球の裏側にいるかもしれない。全世界で開発者交流が進むことで、同じゲームジャンルの開発者を見つけ、お互い切磋琢磨できる可能性もある。

海外コミュニティとの交流にはほかの利点もある。インディーゲーム開発者は自らの作品をさまざまな言語に翻訳し、ウェブを通じて世界中に販売している。各地域のゲームファンに見つけてもらうためには地域ごとの適切なマーケティング活動が望ましいが、通常規模のゲーム開発会社と異なり、インディーゲーム開発者にはマーケティングの予算が少ないことが多い。そこで各地域のメディアにコンタクトを取ったり、インディーゲームのためのイベントに出展したりするのだが、その「良し悪し」の判断がつかないことがある。

そのようなケースにおいて信頼できる情報元が、「当該地域の地元のインディーゲーム開発者」である。一見素晴らしそうに見えたコンテストが、実際は自分の作風にそぐわないものであったり、自らの作品のアピールに繋がりにくいものであったりするかもしれない。ウェブ上の情報だけではわからない、評判の悪い事業者についても情報を得られる可能性がある。こうしたコミュニティ同士の繋がりによって、信頼の輪が広がり、別の地域でのゲームのリリースや宣伝活動において良い選択肢を取れるだろう。

もちろん、日本の開発者から提供できる情報もある。海外の開発者もまた、日本から生まれた数々のゲームタイトルに影響された作品も多い(本サイトの連載「海を渡った日本のゲームの子孫たち」に詳しい)。そうした開発者は日本の市場に自分たちのゲームを伝えたいと考えるものの、どのように紹介するべきかわからないことがある。そこはまさに日本の開発者が助けられる部分だ。

しかしながら、asobuもまたコロナ禍による影響を大きく受けた。渋谷のコワーキングスペースは、設立当初の構想ではasobuに所属するメンバーがゲーム開発を行うオフィスとして利用し、それぞれのゲームを開発しながら意見を交換する場として機能するはずであった。また、海外から渡航してきたインディーゲーム開発者の滞在拠点として使ってもらい、国内開発者とのリレーションをつくるハブになることを目指していた。

現在では、そうした交流の機能はオンラインでの実施に切り替わっている。asobuは公式Discordを開設して開発者の交流を行っているほか、さまざまな動画配信番組を実施している。

具体的には、asobuに所属するインディーゲーム開発者の生高橋氏(Nintendo Switchでも開発された『ElecHead』〔2021年〕を開発)が司会となって、多様なインディーゲーム開発者とトークを行うポッドキャスト的な「Indie Brains」、ゲームの開発技術やリリースに関するノウハウを講師を呼んで実践するセミナー形式の「asobu talks」、年に一度の大型ゲーム紹介番組である「asobu INDIE SHOWCASE」、そして前述のTokyo Indiesの企画と合体した「インディーコレクションJAPAN」がある。

「インディーコレクションJAPAN」は、月に1回のペースで配信されるインディーゲーム紹介番組である。配信プラットフォームのTwitchで配信されており、毎回5〜6タイトルのゲーム紹介を開発者自ら行ってもらう。プレゼンには英語通訳がつき、2022年8月現在までに23回目を配信している。多くの会では海外のコミュニティからも開発者を招き、英語でプレゼンしたものを日本語通訳を介して紹介するものもある。


「インディーコレクションJAPAN」ロゴ

asobuは、開発者同士のコミュニケーションの促進だけではなく、運営チームが開発者のサポートを行うことも特徴だ。日本の開発者が海外のコンテストやオンラインイベントに申し込む際の要項記入のアドバイスを行ったり、海外メディアにコンタクトする際のノウハウなどを発信したりしている。

その活動の成果が顕著に現れたのは、『ElecHead』の発売におけるサポートである。asobuのサポートによって、積極的に海外のゲーム開発者へ『ElecHead』の魅力を伝えることができ、多くの著名開発者からSNSでのお墨付きを得た形でローンチを迎えることができたそうだ。

ほかにも、asobuの名義でBitSummitなどの大型ゲーム展示イベントにブースを構えることもある。小規模な開発者であっても、コミュニティに所属することでゲームをアピールできる機会を手に入れることができるわけだ。立ち上げ直後のコロナ禍で苦戦を強いられたasobuだが、グローバルな活動を目指すインディーゲーム開発者のハブとなるべく活動を続けている。

海外においては、こうしたインディーゲーム開発者コミュニティは関連企業のスポンサードだけではなく、地域の商工会や地元行政などからサポートを受けていることが多い。それはゲームがIT産業の一部であり、産業振興の一環として輸出産業を強化したい行政の目的と合致するからである。前回の記事でも触れたが、日本においてはインディーゲーム開発者に対する動きがあまり見られていない。日本の大きなコンテンツ産業である「ゲーム」の振興について、業界団体や行政にもぜひ興味を持ってもらいたいと考えている。

開発技術ごとのコミュニティ

インディーゲーム開発者は、技術的な知見を日々取り入れていくことが強く求められる。ゲームを開発するための開発環境やソフトウェアを「ゲームエンジン」と呼ぶが、その代表的なものとしては「Unity」「Unreal Engine」「GameMaker」「RPG Maker」「ティラノビルダー」などがある。そして、これらのゲームエンジン利用者ごとにもコミュニティがある。

例えば、Unityを利用しているゲーム開発者向けには「Unityゲーム開発者ギルド」というコミュニティが存在する。Unityゲーム開発者ギルドは有志によって設立されたコミュニティで、Slackを用いた比較的緩やかな交流の場として利用されている。

Unreal Engine向けには、提供元のEpic Gamesが公式のコミュニティサイトである「Epic Developer Community」を開始している。Unreal Engineで使用する設定ファイルを投稿できるなど、技術的な情報が共有しやすい設計となっていることが特徴だ。

前述したasobu所属の生高橋氏は、『ElecHead』が使用しているゲームエンジン「GameMaker」に関するコミュニティスペースをDiscordで立ち上げている。近年国内でのユーザーが少しずつ増えており、最新のバージョンに関する情報を日本語で発信している。

また、ゲームエンジンは独自に技術カンファレンスを開き、そのタイミングでコミュニティが生まれることもある。Unityが主催する「Unite」や「SYNC 2022」、ならびにEpic Gamesが主催する「UNREAL FEST」については、次回記事にて詳しく紹介する。

小さなコミュニティで仲間をつくり、安全な情報共有を

これまでさまざまなインディーゲーム開発者向けコミュニティを紹介してきたが、筆者はゲーム開発者のすべてにオフィシャルなコミュニティへ属してほしいと考えているわけではない。

コミュニティに加わるメリットは大きいが、開発しているゲームの趣向や、技術的に求めていることなどが期待と異なる場合においては、無理にとどまる必要はない。コミュニティは生き物であり、途中で運営体制や構成メンバーが変わることで居心地が悪くなることもあるだろう。そうなったら去ればよい。当たり前だが、コミュニティのルールに違反する人物はその場を追われるだろう。コミュニティに所属するということは、自らがその利を得るだけではなく「助け合い」の場である。開発者が持つプログラミング技術、マーケティングに関する経験などを積極的に提供していくことが大切だ。

ただ、人数が多いコミュニティは、誰に見られているかわからない不安もある。オープンなコミュニティであるがゆえ、悪意のある人物がどうしても紛れ込んでしまうリスクはある。そこで筆者がおすすめしたいのは、「10数人の名もなき小規模コミュニティ」をつくっておくことである。

その小さなコミュニティは、大層な名前や意義が必要なものではない。例えばゲーム展示イベントの出展で隣になった開発者や、懇親会で仲良くなった開発者など、素性のわかる者同士で、ごく小さなコミュニティをSlackやDiscordなどのツールで情報交換場所をつくるだけのものだ。こうした場所で、開発と関係があることないことをチャットでやり取りするとよいだろう。自分の目の届く範囲、信頼できる仲間のなかで愚痴や悩みを共有したり、逆に相談に乗ったりできる小さな集まりとして活用していけると理想的だ。実際に解決に繋がらなくてもよく、重要なのは「孤立していない」ということを認識できる場を持つことだと考えている。

インディーゲーム開発者は立場が弱いゆえ、横の繋がりが重要だ。コミュニティには幅広い開発者の裾野をカバーし、活動を支える機能がある。日本のゲーム産業が盛り上がっていくためには、単一の企業やプロジェクトに投資するだけでは不十分で、大小さまざまなインディーゲーム開発者コミュニティの支援こそが重要だと考えている。

※URLは2022年10月12日にリンクを確認済み