2020年7月に上梓された『キャラがリアルになるとき 2次元、2.5次元、そのさきのキャラクター論』。著者の岩下朋世は、これまでもマンガ論をベースにしたキャラクター論を展開してきた。本書はその集大成ともいえる一冊で、昨今のコンテンツを取り上げながら、作中にとどまらず、現実世界にも足を踏み入れつつあるキャラクターたちについて、論考を深めていった。
『キャラがリアルになるとき 2次元、2.5次元、そのさきのキャラクター論』表紙
「抽象的概念」と認められたキャラクター
2020年10月6日、マンガ同人誌の無断アップロードによって収益を上げていたウェブ企業を被告とする裁判で、知財高裁はマンガ史上に残る判決を下した。この判決がニュースとなったのは、いわゆる二次創作作品の著作権が認められたことによる。一方、この判決文には、マンガのキャラクターについて「一般的には、漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念」(註1)であると、はっきり記されていた。
この一文は、1997年の判決を踏襲したものである(註2)。一方、評者はこのニュースに接し、本書の著者・岩下朋世の仕事を思い出した。直近では、知財高裁のこの判決文の約三カ月前に刊行された本書『キャラがリアルになるとき 2次元、2.5次元、そのさきのキャラクター論』である。具体的には、岩下が前著『少女マンガの表現機構 ひらかれたマンガ表現史と「手塚治虫」』(NTT出版、2013年)から引き続き行っている「キャラ」概念を「キャラ図像」と「キャラ人格」に区分する整理を思い出した。これら判決文でいう「漫画の具体的表現」が「キャラ図像」に相当し、「登場人物の人格ともいうべき抽象的概念」が「キャラ人格」にあたる。
マンガの叙述において、一人のキャラクター(登場人物)が、複数の異なる図像で描かれる。そのそれぞれの異なった図像一つひとつがキャラ図像である。そして、これらキャラ図像が「同じ誰か」を指し示している。それがキャラ人格だ。本書ではその「誰か」を「キャラ図像間の同一性を支える存在」と言い表している。
キャラ図像とキャラ人格という区分は、マンガに親しんでいる者にとっては、ひどく「当たり前」のことのように感じられるかもしれない。しかし、マンガ研究においては、岩下の最初の著書(正確には、その基となった博士論文)まで、なされてこなかったのである。あまりにも当たり前になっていたため、あらためて手をつけられていなかったのである(法曹の世界では、何を「著作物」として保護するかの線引きを強いられ、その機会があったということもできる)。岩下の功績は、まずこの点にある。
本書は、一般に「キャラクター」と呼びならわされているものに関心のある読者には、考える手がかりをたいへんよく提供してくれる。「ユリイカ」などに発表された、比較的短い文章から構成され、批評文や論文を読み慣れていない読者にも読みやすいものとなっている。また、巻末には、マンガ批評・研究についてのブックガイドも収録されている。卒論などでマンガやキャラクターを扱いたい学生の入門書としても好適だろう。平易な語り口と慎重な筆致ともあわせ、知見を広く開いていこうという著者の姿勢がうかがえる。
同時に、本書の射程は深く、また広い。「マンガのなかの「人間」たち」と題された第一部と、「「リアル」に乗り出すキャラクターたち」という第二部という二部構成が示すとおり、マンガ原作の映画、特撮ドラマ、いわゆる「2.5次元」といわれる演劇、ラッパーが取り上げられている。つまり、今キャラクターをめぐるさまざまな表現やその受容に、広く目が向けられている。著者のことばを借りれば、その中心にあるのは「キャラクターへの解釈と愛着」である。「キャラクターを享受するために、私たちはマンガを手に取り、タッチスクリーン上で指を滑らせ、ガチャを回し、舞台へと足を運ぶ」(12ページ)ことそのものを、まず見据えようという態度がある。
マンガから考えるキャラクター論
著者は、もっぱらマンガを専門に、マンガについて考えてきた研究者である。本書についても「「キャラクター論をマンガに取り返す」企図を持ったもの」(20ページ)と自ら記す。一方評者の『テヅカ・イズ・デッド ひらかれたマンガ表現論へ』(NTT出版)は、本書でも「マンガ表現論としてのキャラクター論」を大きく展開したものとして繰り返し言及されている。2005年の本である。
評者からみて、この15年間は、キャラクターをめぐる「現実」が、あれよあれよという間に、どんどん先に進んでいく時代だった。さまざまなゲーム、キャラ図像を描く人々のコミュニティ、ネットミーム……等々。さらに、キャラクターをめぐる「論」も広がりをみせている。人々のコミュニケーションのありよう、ことばの使われ方、主体や他者の捉えられ方……といった、幅広い論点が「キャラ(キャラクター)」という語によって論じられている(例えば、定延利之編『「キャラ」概念の広がりと深まりに向けて』三省堂、2018年など)。
そんな状況のなか、評者もまた、キャラクターについて考えようとしつつも、マンガという定まった形式の表現に沈潜したアプローチでは、方法としてむしろ制約条件になりかねないのではとすら考えていた。
この点について、岩下はある程度明快な見解を示している。マンガとキャラクターの関係を子細にみていくような分析を、ただマンガに留まるものではなく「キャラクターを享受する営みが持つダイナミズム」の具体的な検討と位置づけているのである。こうした視点は、2.5次元やヒップホップなど、著者の幅広い経験によってもたらされたものでもあるだろう。
著者は、マンガ論から発したキャラクター論がメディア横断的なものであることを確かめたうえで、「マンガから」考えるという立場を手放すことはなく、それでいて自明視はしていない。この点について、繰り返し問い、確認をする。このことが、平易かつ簡潔に書かれた本書に、論としての射程の深さを与えている。先行研究へのリファレンスも含めて、キャラクターやマンガについて考えようという者に良い道標となるのは、そのためだろう。
(脚注)
*1
令和2年10月6日判決言渡 令和2年(ネ)第10018号
損害賠償請求控訴事件(原審 東京地方裁判所平成30年(ワ)第39343号)
知的財産高等裁判所、2020年、9ページ
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/748/089748_hanrei.pdf
*2
最高裁判所判例集 平成4(オ)1443 民集 第51巻6号2714頁
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=54776
『キャラがリアルになるとき 2次元、2.5次元、そのさきのキャラクター論』
著者:岩下朋世
出版社:青土社
発行年:2020年
定価:2,000円+税
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3442
※URLは2021年4月2日にリンクを確認済み