2019年度メディア芸術連携促進事業 研究成果マッピング シンポジウムが、2020年2月16日(日)に国立新美術館で開催された。メディア芸術連携促進事業は、メディア芸術分野における、各分野・領域を横断した産・学・館(官)の連携・協力により新領域の創出や調査研究等を実施する事業だ。本事業の目的は、恒常的にメディア芸術分野の文化資源の運用と展開を図ることにある。なかでも「研究マッピング」は2015年度から2019年度の5年間にわたって実施された。本シンポジウムでは、5年間の総括として各分野からの成果報告とパネリストによる討論・提言が行われた。本稿ではマンガ分野の発表「マンガ研究の地図を描く―メディア芸術連携促進事業の5年間―」をレポートする。

左から、マンガ分野のコーディネーターを務める石川氏、国内調査担当の西原氏、海外調査担当の杉本バウエンス氏

[報告者]
石川優(大阪市立大学 大学院 文学研究科 特任助教)
西原麻里(愛知学泉大学 家政学部 講師)
杉本バウエンス・ジェシカ(龍谷大学 国際学部 国際文化学科 准教授)

マンガ研究の「地図」を描くために

マンガ研究分野では、マンガ、コミックス、カトゥーンなどに関する研究を「マンガ研究」と総称し、書籍を中心として約300件の研究文献を収集してきた。それを踏まえて、マンガ研究マッピングを通して見えてきた研究状況を概観し、2019年度の成果について報告する。
そもそも、日本のマンガ研究には、一般誌や同人誌といったさまざまな媒体で発信される「批評」の層が厚いという特徴がある。学問的な制度のなかで行われる「学術」的なマンガ研究が活性化するのは1990年代後半以降であり、2000年代以降にこうした動きが日本マンガ学会の設立といった形で可視化されていく。つまり、日本におけるマンガ研究は「批評」の蓄積のうえに「学術研究」が重なるという経緯を持つものである。
このような経緯は、多様なマンガ研究者を生み出すことにもつながっている。例えば、批評家として活動する人、大学などの教育・研究機関に所属する人だけでなく、2000年代以降は大学・専門学校で教鞭をとるマンガ家や編集者、評論家が増えている。制作、批評、研究という3つの関係性はよりシームレスになっており、マンガ研究はさまざまな立場と視点によって構成されている。
以上の状況を踏まえて、マンガ研究分野ではマンガをめぐるさまざまな語りを「マンガ研究」とみなして調査を行ってきた。調査を通じて見えてきたのは、マンガ研究は、実践(マンガをつくる・体験する)とその研究(調査・分析)の距離が近いのではないか、ということである。例えば、近年ニーズが高まっている「マンガ展」などは、実践と研究の密接なつながりを示す一例だろう。そのため、マンガ研究の「地図」を描くにあたっては、さまざまな立場の人たち(後述)にとって読み解きやすいものとする必要があるという結論に達した。2019年度の主たる成果である『マンガ研究の手引き』は、以上の意図に基づいて制作した。

『マンガ研究の手引き』の概要

近年、マンガ研究に対する需要が高まりつつある。例えば、卒業論文などでマンガを扱う学部生や留学生、その指導にあたる教員だけでなく、マンガを地域振興や観光資源として活用しようとする自治体関係者、マンガを小学校などの授業教材で使用する教育関係者、マニュアルなどをマンガで作成する医療関係者などがあげられる。『マンガ研究の手引き』は、このようにマンガ研究に広く関心を持つ人たちが手にとりやすい情報を、2部構成でまとめている。
第1部では「総論 マンガ研究の地図」と題して、マンガ研究の基本的な情報をまとめた。ここでは、マンガ研究を知るうえで参照しやすい日本語の書籍や学術誌など、さらに海外におけるマンガ研究活動の動向を紹介した。第2部では「各論 社会に広がるマンガ研究」と題して、「教育×マンガ研究」、「展示×マンガ研究」、「地域振興×マンガ研究」という3つのポイントから、マンガ研究が社会にとってどのように役立つのかという視点から論考を展開した。第3部では資料として、日本、アメリカ、ヨーロッパにおけるマンガ、コミックス、バンド・デシネ(BD)に関する主要な動向をまとめた年表を収録した。

海外におけるマンガ研究

この研究マッピングでは、主に英語、フランス語、ドイツ語などの言語で読むことができる学術研究の文献を収集してきた。従来、これらの研究が扱う対象は日本マンガ、アメリカン・コミックス、BDが中心だったが、10年間でその傾向に変化が生じている。例えば、これまでにあまり論じられることのなかった地域や表象の問題をとりあげている研究が増えている。それらの研究が扱うテーマは、アイデンティティ、ジェンダー、移民、人種、宗教、環境といった社会問題に注目するものであり、特定の作品もしくはジャンルを分析している。
また、学術的でありながら一般にも広く開かれたイベントも多く開催されている。例えば、2019年における重要な出来事として挙げられるのが、大英博物館におけるマンガ展「The Citi exhibition Manga」である。このような展示が、単に趣味としてマンガを楽しむだけでなく、マンガ研究への入り口となり、今後、マンガ研究への関心を高める役割を果たす可能性がある。

今後の課題

最後に、今後の課題を2点挙げる。1点目は、学術論文の動向調査である。これまでは書籍を中心に調査を行ってきたが、学術誌や紀要などに掲載される論文や研究ノートについてはカバーできていない。例えば、日本マンガ学会が発行する『マンガ研究』に掲載された論考などを調査することで、より多角的な視点からマンガ研究の動向を明らかにすることができるだろう。2点目の課題は、多言語化である。2018年度のシンポジウムでも報告したように、この事業での調査から、日本におけるマンガ研究は「日本マンガを日本語で論じる」という傾向があることがわかった。一方で、マンガは海外でも盛んに論じられている。国内外のマンガ研究の相互参照を促進させるために、この研究マッピングでの成果をさまざまな言語で発信できるとよいだろう。


(information)
2019年度メディア芸術連携促進事業 研究成果マッピング シンポジウム
日程:2020年2月16日(日) 13時〜16時
会場:国立新美術館 3F 講堂
参加費:無料
主催:文化庁