「広告マンガ」を主題とし、コマ割りや吹き出しといった複雑な要素の組み合わせであるマンガが、どのようなかたちで広告に落とし込まれてきたのかを探っていく。前編では、広告とマンガの関係についての歴史を振り返りながら、個々の事例がマンガをどのように活用しているのか確認していく。
「日ペンの美子ちゃん」
岡崎いずみ『あの素晴らしい日ペンの美子ちゃんをもう一度』第三文明社、2004年、7ページ
戦前から注目されていた広告マンガ
このコラムは、コマ割りや吹き出しなどマンガの構造的特徴をそのまま保持している広告を「広告マンガ」としてカテゴライズし、日本におけるその個別の事例について検討したものである。
まずは限定的な議論に入る前に、広告一般とマンガの関わりについて簡単に振り返ってみたい。実は両者の関係には長い歴史が存在する。すでに「広告界」(誠文堂商店界社)の1928年2月号では「漫画広告」の特集が組まれているし、同年には本松呉浪の編集で『漫画廣告創作集』(誠進堂)が出版されていることから、広告・デザイン業界においてマンガは早くから注目されていたことがうかがえるだろう。
そして広告に登場するマンガについての言説は、そのシンプルな造形や、親しみやすさなどをアピールする戦前の語りから、戦後はストーリーマンガの隆盛に伴い「キャラクター」の価値に重きが置かれた語りへと変化していく。草森紳一(1938〜2008年)は1964年に「広告へのマンガの侵入はきわだってめざましいものがある」(註1)と述べ、明治製菓が『鉄腕アトム』(1952〜1968年「少年」連載)をマーブルチョコレートの広告に起用したことや、ペコとポコを看板キャラクターとして活用した不二家の企業戦略について記している。石子順造(1928〜1977年)もまた1967年に出版した『マンガ芸術論』(富士書院)において、アンクル・トリスなどのアニメーションによるコマーシャルの存在感を念頭に、「コマーシャル・マンガの項目が、きっと必要になってくるだろうと思っている」(註2)と述べている。1978年に雑誌「ブレーン」(宣伝会議)はイラストレーションに関する特集を2月号と10月号で行っているが、そのなかでも広告に使用されたマンガについての話題は紹介されているし、図版のみの掲載となるが、その翌年に創刊された専門誌「イラストレーション」(玄光社)には「広告とイラストレーション」というページが2000年まで毎号掲載されており、そこを通覧するとマンガを使用した広告を(数は多いわけではないものの)いくつか確認することができる。
マーク・スタインバーグ(著)/大塚英志(監修)/中川譲(訳)『なぜ日本は〈メディアミックスする国〉なのか』角川学芸出版、2015年、89ページ
そんな両者の関係は21世紀に入ってからも緊密なものがあり、「広告批評」(マドラ出版、2008年12月号)では、2008年の広告を回顧するキーワードのひとつとしてマンガを挙げ「今年は、メジャーな週刊少年マンガ誌が創刊40周年(『少年ジャンプ』)や50周年(『少年サンデー』と『少年マガジン』)の節目を迎えており、それ絡みのキャンペーンやコラボもさかんに行われた。それ以外でも、マンガ広告が、例年より多かったと思う」(註3)と総括している。森川嘉一郎は「キャラクターvs.都市:虚構×現実」という2020年夏に発表されたテキストにおいて、若年層や愛好家にとどまらない幅広い年代にマンガ(およびアニメ)が浸透していくにつれ、広告にとどまらないさまざまな日常的なモーメントでそれらのイメージが現れるようになったことを指摘している(註4)。そしてそんな森川の指摘のほぼ同時期には、94年の歴史に幕をおろした遊園地としまえんの新聞広告に『あしたのジョー』(1967〜1973年「週刊少年マガジン」連載)のラストシーンが使用され話題になっていた。このようにかつてから現在に至るまで、マンガは広告において一定の存在感を保持し続けてきたことがわかるだろう。
このコラムでは広告におけるマンガを主題として取り上げるが、それはマンガの(あるいはマンガ的な)キャラクターが、これまでどんな広告に登場してきたのかを渉猟するものではない。筆者の関心はコマ割りや吹き出しといった複合的な要素の組み合わせであるマンガが、どのような形で広告に落とし込まれてきたのかを探ることである。よって以下で取り上げる広告とは、絵とコマ、そして言葉の3つを基本的な要素としながらそれらを連続させ、吹き出しや汗などの「形喩」や、オノマトペを自由な描き文字によって表現した「音喩」などいった固有のメソッドを不可欠な要素としてみなす「マンガ表現論」(註5)の定義するマンガの構造が確認できるような「広告マンガ」に限定される。
ゆえにその範囲には、マンガ家ではなくイラストレーターが描いたものも含まれることになるだろう。分析を行うのは、マンガの構造を保持することができる新聞広告、雑誌広告、ポスターなどの静止したイメージが中心となる。ただし静止画像という条件を満たしたもののであれば、ウェブ広告やその他の広告も取り上げていく。このようにして広告マンガの範囲を便宜的に画定したうえで、これらの個々の事例の分析を行い、それらがマンガをどのように活用しているのかについて言及をすることがこのコラムの目的である。
掲載メディア別に見る広告マンガの事例
では具体的に広告マンガについての考察を進めていこう。例としてまず紹介したいのは、マンガ雑誌における広告マンガである。網羅的な調査を行ったわけではないものの、この領域には長い歴史と多くの事例が存在していることが判明した。1972年に始まり、近年は発表場所をTwitterに移し現在も新作が発表されている「日ペンの美子ちゃん」のようにキャラクターを中心に展開する雑誌広告もあれば、トレーニング器具ブルワーカーの通販や、記憶術、「美子ちゃん」をパロディ化した「とらのあなの美虎ちゃん」、COMIC ZINの広告マンガなどマンガを用いた雑誌広告は多数確認できる。掲載されているほかのマンガと同じ感覚で読むことができる広告マンガは、媒体の性格にマッチしたものだといえるだろう。これらの広告は、単調なコマ割りに定型化したコピーが入り、あっけらかんとしたオチによって終わることが多い傾向がある。また、キャラクターが前面に押し出されている場合がしばしば見られることも特徴として挙げられるだろう。
活字メインのその他雑誌、あるいは新聞に掲載された広告マンガは、マンガ雑誌のように特定のキャラクターと結びついたフォーマットがあまりないような印象を受けた。例えば1970年代後半の「夕刊フジ」には、著名人がウイスキーを飲む夢を語り、それをマンガ化する広告が出稿されている。だがこのような比較的自由なケースも存在するものの、その他の例をいくつか確認していくと、マンガ雑誌と同様の形式的な傾向も確認できる。
「夕刊フジ」のサントリー角瓶広告
「ブレーン」1978年2月号、宣伝会議、69ページ
例えば2000年代後半の事例としてウェブサイト制作会社「ハビタス」の雑誌広告を簡単に紹介しよう。冒頭で課題が提示され、苦悩や失敗が描かれながら比較的単純なコマ割りで進行し、オチでクライアントの宣伝がなされるという、これまでさまざまに繰り返されてきた広告マンガのフォーマットと同一のものだ。実際に使用された広告ではないが、古い例を挙げると冒頭で挙げた『漫画廣告創作集』には同じような構成で描かれた野球用品店を想定した広告マンガが掲載されている。ここではそれまでうまくいかなかったバッティングが最終コマで改善され、その下のスペースに店名が宣伝されている。
「ハビタス」雑誌広告(I:坂谷はるか、CD+AD:東村一洋)
『イラストレーションファイル2008デジタル(玄光社MOOK)』玄光社、2008年、141ページ
野球用品店の広告(文:本松呉浪、畫:中鳥俊吉)
本松呉浪編『漫画廣告創作集』誠文堂、1928年、127ページ
では次に、ポスターにおける広告マンガについて見てみよう。ここで触れたいのは、1988年に日本航空が展開したHAWAI JALPAK「わ・イキイキ」プランのキャンペーンポスターだ。1980年代は、スージー甘金や、上野よしみといったイラストレーターでありながらもマンガを得意としていた描き手が活躍していたが、同キャンペーンもマンガを積極的に活用したものである。「わ・イキイキ」プランとは、従来であれば朝ハワイに到着したら昼間に観光、夕方にチェックインするところを、朝に到着後そのままチェックインし、あとは自由行動とするスマートな旅程がセールスポイントの商品だ。その魅力を押し出すにあたって、博報堂のデザイナー・西尾淳はこれまでのプランと「わ・イキイキ」プランの差をCMで表現することは困難であると判断し、比較広告をマンガの形式を借用することによってプレゼンテーションしている。
ポスターには、マンガ家・なんきんがイラストレーターとして起用されているが「ストーリーはこっちで作っちゃうから、話を作ってもらうことは期待しない」(註6)と西尾も述べるように、ここでマンガに求められていることは、ハワイへの旅の「これまで」と「これから」をユーモラスに「説明」することである。つまり、ここでのマンガは、ポスターにおけるボディコピーの役割に限りなく近い機能としてデザインに内包されているのだ。このように惹句としてのキャッチコピーを補足するボディコピーとしてマンガが使用されるのは、ほかにはスージー甘金がイラストレーションを担当した静岡ガスの例などが筆者の調査では確認されており、新聞、雑誌広告とも共通する広告マンガの傾向でもあるといえるだろう。
「日本航空JALPACK HAWAII『わ・イキイキ』プラン」ポスター
「イラストレーション」55号、玄光社、1988年、42ページ
こうした方向性をさらに推し進めつつ、マンガ本来のストーリーテリングによって受け手に訴えかけようとしているのが、地方自治体や宗教団体、企業などが主導して製作した広報のためのマンガである。これらは冊子や単行本としてまとめられているものもあり、広告マンガとしてカテゴライズが可能なのかについては議論が必要なのかもしれないが、広告として機能し、またそれが部分的にでもあれ目指されていることもあり、ジャンルの幅広さを示す意図で取り上げてみたい。これらは書店で流通せず、街頭や施設での頒布や通販商品への同梱、ダイレクトメール(DM)などといった流通が主な経路となっているのだが、このような広告マンガを数多くプロデュースしてきた秋武秀典はそれを「企業の営業課題を解決する一つの手段」(註7)としているように、少なくとも広告的なものであることは間違いないはずだ。
1980年代半ばからDMにマンガを同封していた通信教育・進研ゼミのウェブサイト、進研ゼミマンガ部ではこれらのマンガを閲覧することができるのだが、内容はここまで触れてきた広告マンガ同様、マンガというシステムを活用しながら教材の魅力をアピールするものである。一定の長さを持ったストーリーとすることによって、より多くのデータを提示できることは、冊子や書籍の形態の広告マンガのメリットである。これらのケースでは起伏あるストーリーによって読者を引き込み、それが広告であるということを周辺に追いやりつつも、合間に商品のセールスを挿入することによって、北田暁大が言うところの「スーパー・ソフト・セル」(註8)的な手法を取り入れている。また、近年ではウェブのランディングページ上でスクロールしながら読むタイプの事例も定着した感があり、ストーリーに重点を置く広告マンガは、すでに日常のいたるところで確認できる存在だといえるだろう。
進研ゼミ「春休み7日間の総復習で志望校合格を手に入れる! サイコーの未来ストーリー」
進研ゼミウェブサイト https://chu.benesse.co.jp/comic_rn/index.html?s1=dm&s2=3&s3=5
絵と言葉で消費者へアピールする
以上、各メディアで筆者が確認できた広告マンガを検討してきた。わずかな事例を取り上げたにとどまるため断定は差し控えるものの、広告マンガにおいては、言葉と絵によって説明するマンガの特性が重視されていると思われる。そこでは先行する問題・不安に対して、広告される商品が解決を与えるのだと強調する「ハード・セル」(註9)の手法を通じて消費者へのアピールが行われているのだ(例えば「××になっちゃったけどどうしよう?」→「○○なら大丈夫!」というような流れを想像してほしい)。
しかし広告マンガのさまざまな実践について調べを進めていくと、このような「読ませる」広告ばかりではないこともわかってきた。後編ではマンガの視覚的な表現能力に着目し、「見せる」ことにも配慮した広告マンガの事例を紹介していこう。
(脚注)
*1
草森紳一「広告表現と漫画 不二家の企業作戦から」、「美術手帖」1964年11月号、美術出版社、28ページ
*2
石子順造『マンガ芸術論 現代日本人のセンスとユーモアの功罪』富士書院、1967年、227ページ
*3
『広告批評』2008年12月号、マドラ出版、69ページ
*4
森川嘉一郎「キャラクターvs.都市:虚構×現実」、森川嘉一郎監、国立新美術館・株式会社ダズ・株式会社サイゾー編『MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020』国立新美術館、2020年、26ページ
*5
表現論についての整理は以下を参照した。岩下朋世『少女マンガの表現機構─ひらかれた漫画表現史と「手塚治虫」』NTT出版、2013年、15~17ページ
*6
西尾淳「コミックで『その差』を明確に説明する 日本航空JALPACK HAWAII『わ・イキイキ』プラン」、「イラストレーション」55号、玄光社、1988年、42ページ
*7
「見えないマンガ・語られないマンガ ─invisible manga─ 第1部 広報マンガ・教育マンガ」、「マンガ研究」Vol.10、ゆまに書房、2007年、74ページ。また、地方自治体、宗教団体、企業の製作したマンガについては、北原尚彦『本屋にはないマンガ』(長崎出版、2005年)でも多数の例が紹介されている。
*8
北田暁大は著書『増補 広告都市東京 その誕生と死』(筑摩書房、2011年)において、あからさまな売り文句を排したソフト・セルをさらに推し進め、悩み相談などの体裁で雑誌などのなかに広告を紛れ込ませていく手法を「スーパー・ソフト・セル」と形容した。詳しくは同書の第1章を参照すること。
【参考資料】
天野祐吉+島森路子編『広告批評アーカイヴ 広告20世紀』グラフィック社、2014年
岡崎いずみ『あの素晴らしい日ペンの美子ちゃんをもう一度』第三文明社、2004年
辰井裕紀「あの「進研ゼミマンガ」はどうやって作られているのか? 「女子向けは精神年齢高めに」「語り継がれる伝説の名作がある」など秘密を聞いた」、ねとらぼアンサー2018年2月3日 https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1801/27/news002.html
※URLは2020年10月22日にリンクを確認済み
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